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月刊メディカルサロン「診断」

予防医学の現状月刊メディカルサロン2003年8月号

「健康」と診断された人が重症疾患を引き起こす

私はかつて大学病院で救急外来を担当していたことがありました。内科や外科、小児科などの科を問わない関係上、救急外来にはいろんな患者が集まってきます。夜間に熱が出た患者も来ますし、交通事故で搬送される患者もいます。不届きなことに、昼間に通常の外来に行くと混んでいるから、という理由で夜の救急外来に来る人もいます(そんな人には1日分の薬のみ処方して、「明日の昼間にまた来てください」と対処することになっています)。腹痛で脂汗を浮かべてやってくる患者もいます。しかし、なんといっても迫力あるのは、突然の意識不明の重体患者でしょう。先日、カメルーンのサッカー選手が試合中に突然死しました。あの姿を思い出していただければわかりやすいです。

「元気にしていたのに、突然倒れて意識不明」という患者は意外と多いのです。

私が救急外来にいたのはバブル時代のピークの頃です。暴飲暴食がたたるのか、酒池肉林的生活がたたるのか、ホテルの一室で倒れてしまったという患者が救急車でよく運ばれてきたものです(当時は赤坂プリンスホテルから搬送されてくる50歳台の男性が多かったものです。たいてい太り気味の大きな体格をしている人たちでした)。

病名は、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血のどれかです。多くの重症急病患者を見つめながら、私はあることを不思議に思っていました。運ばれてくる患者は、きちんと人間ドックを毎年受診している人たちばかりです。毎年の人間ドックの合間に、心筋梗塞をおこしてしまうのです。よく考えてみるとこれは不思議な現象です。

ほとんどの受診者は、人間ドックで「異常なし」といわれたら、来年受診するまで「自分の身体は大丈夫だ」と思うものなのです。しかし、現状は「つい2ヶ月前に人間ドックを受診した人」などが、次々と心筋梗塞などの重症疾患を引き起こしているのです。

この現象に関して医師側は、何の責任も感じていません。受診をすすめるときは「健康のチェックは大事です。毎年、人間ドックを受診しましょう」と語るのに、その受診者が突然の大病を発症したときに、人間ドックの結果について連動的に語ろうとしません。人間ドックの結果判定に関責任なしと考えているのがすべての医師の現状です。そのくせ、高額の人間ドッククラブの設立はやたらと目立ちます。

病気を予防する医学の土壌がない日本の現状

では、その人間ドックにたずさわっている医師は何者なのでしょうか。

これが不可解なことに、ほとんどがパート、アルバイトの医師なのです。日ごろは病気の治療を病院内で行っている医師が都合のいいパート先として人間ドックに訪れているのです。

医師側の心中は、「元気な人が受診するのだから、楽なものだ」です。そして、「人間ドックは、定められた項目をチェックする程度のものであって、将来の病気の発症を予防することを保証するものではない」と認識しています。つまり予防医学に従事するプロの医師はいないのです。予防医学というものに一般の人はおおいに期待していますが、実情はそれほど未熟なものなのです。

もっとわかりやすく言えば、医学部の学生に「予防医学」の講義がありません。公衆衛生学の内容を予防医学とダブらせている程度のものなのです。予防医学が厳然たる学問になっていないのです。当然、プロの予防医学医師が生まれるはずがありません。

私はそこに着目しました。「予防医学をきちんとした実体のあるものにしていこう。」未来予想型のです。四谷メディカルサロンの開設以後、「予防医学の学問化」がいつも念頭にあります。予防医学をもう少し広範囲に捉えて、「健康管理学」という用語も作り出しました。遣伝子の解析が進歩し、予想する医学に幅が生まれました。

予防医学はまだ緒についたばかりですが、この学問をますます集大成させていきたいと願っています。

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