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月刊メディカルサロン「診断」

大学病院で外来を務めているときの思い出月刊メディカルサロン2003年11月号

医療バッシングが吹き荒れ始めた時代

平成4年のある日、医師になって4年目のまだペエペエの若手医師であった私はある日、教授室に呼び出され、1つの指令を受けました。

「風本君、外来を担当しなさい」

私は自分の耳を疑いました。慶応病院の内科外来といえば、かなりのベテラン医師が担当します。当時の私は、まだ、医師4年目の28歳です。教授の命令は絶対ですので、「かしこまりました」と答えてその場は退散しました。

そして、考えてみました。なぜ私に人命が下ったのだろうか。マスコミが医療バッシングを行っている時代でした。検査づけ、薬づけ、3時間待ちの3分診療、説明不足、人体実験…。そういえば、「説明と同意」を意味するインフォームドコンセントという語が広まったのもその頃でした。

教授の指令には「おまえが何かを改革しろ」という意図がふくまれているのだろうか、とまで深読みしました。その外来が始まりました。火曜日の内科外来14番です。診察室に入ってびっくり仰天です。朝9時に始まる外来は午後には終わらなければいけません。なぜなら、午後から同じ場所で午後の外来が始まるからです。その4時間の間に120人もの予約が入っているのです。

若手医師の外来試練

改革意欲はいっぺんに吹っ飛んでしまいました。ただひたすら、電光石火の診療を繰り返すのみになったのです。3分診療どころか、2分も与えられていません。瞬間的にカルテを読んで、病気の状態を把握して、目の前の患者を診察して記録し、次の治療指針を示す。それをひたすら繰り返すだけしかできません。

マスコミの批判は現状を知らないものの戯言に感じられたものです。たまに、何か質問したそうな顔をしている患者がいます。その顔を見ればどのような質問か察しがつきます。その質問をされるとおそらく返事に長時間かかってしまいます。そのような時は威丈高にかまえて、質問する気力を失わせるように取り組んだものです。医師にはそのようなテクニックが身についていきます。

だから、病院では医師に質問しにくいのです。患者には申し訳ない、という気持ちが湧いてきます。しかし、保険医療には全ての患者を公平に扱わなければいけないという大原則があります。その原則に従うと、ゆっくりと話し込むわけにはいかないのです。患者さんの不満よりも医療システムを成り立たせている大原則を優先させざるを得ません。

健康教育の必要性を実感したきっかけ

ある日、交通機関の事情で患者の出足が遅い日がありました。ちょっと患者と話し込んでみました。すると、またしてもびっくり仰天です。患者が身体のことをほとんど知りません。腎臓や膵臓の臓器がどこにあるかさえ知らないのです。こんな状態で、どう説明すれば理解してもらえるというのでしょうか。

医師の説明不足に先打つ問題として、患者の基礎知識の向上のほうが大切だと感じた瞬間でした。医療制度、介護の問題など、社会テーマとしては人体を源泉とする問題が増えています。それらを解決していくためにも、全国民に対する系統的な健康教育が必要であると思えたのです。

人体の構造や役割、健康トラブルのメカニズム、健康管理学などの教育活動。私はそれをいつの日かライフワークにしようと思いました。その後、四谷メディカルサロンを開設し、NPO法人である日本健康教育振興協会を設立し、健康教育を推進するために、力を注げるようになったことに喜びを感じています。

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