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月刊メディカルサロン「診断」

失態とその正当化月刊メディカルサロン2010年6月号

私はかつて、捜査当局から誤認による強制捜査を受けたことがあります。その容疑は、「エステサロンに、向精神薬であるマジンドールを卸販売している」というものでした。誰がそのような虚偽告発をしたのかはここでは語りません。

捜査当局(近畿厚生局麻薬取締部)はその告発を受けて喜び勇んで、令状を持って強制捜査を行いました。大手柄になると捜査員達は大興奮していました。しかし、捜査当局は、すぐにガセネタであることに気づきました。エステへの卸販売など事実無根だったのです。捜査当局は、メディカルサロンの発展を妬む者からのガセネタ告発にうかつに乗ってしまうという大失態を犯したことを悟りました。さて、そこからが、今回の議題です。

捜査当局は、「失態を犯しました。申し訳ありませんでした」とは決していいません。「罪なんていくらでも作れるんだ」と豪語して、違法化できるストーリーづくりに奔走しました。自己の失態を正当化するには、とにかく何かを違法化させるしかありません。「みだりに医薬品を譲渡していたことにできないか」「営利目的で譲渡していたことにできないか」というストーリーを作り出そうと、躍起になっていました。

やがて、マスコミがその誤認捜査のことを報道しようとしました。すると、突然、捜査当局は、「医師の指示に従って、看護師が注射する。あるいは与薬する」という当たり前の診療現場の事象に対して、文言をこね回して、「医師が指示して看護師に処方させた」というストーリーを作り上げました。そして、マスコミには、「マジンドールを無差別乱売して、莫大な利益を上げて、全国に次々とメディカルサロンを作った」という歪曲ストーリーを吹聴したのです。捜査当局が自己を守るために、でっち上げた話です。メディカルサロンにおいては、マジンドールは節度を持って秩序正しく利用され、その売上げは、全売上げの1.5%程度に過ぎないことを捜査当局は知っていたのに、マスコミにそのように吹聴したのです。

さて、鳩山、小沢のカネの問題に関して、マスコミは、最初から悪として報道しました。公平に構えるより、悪としたほうが国民の関心を引けるからです。マスコミが主導して、悪へと仕上げていく過程には競争心理が働いていました。より早くコメントを出した方がコメンテーターとしての価値も高まります。捜査の結果は、皆さんが知っての通りです。起訴されないこと、つまり犯罪視することができない事象に対して、マスコミはさんざんに悪評を立ててしまったのです。

結果は不起訴でした。その瞬間、マスコミは本人達の名誉を汚す不当な報道を行ってきたことになるのです。名誉棄損行動であり、マスコミの大失態です。しかし、マスコミは謝罪しません。正当化するためのなりふり構わぬ行動にでるのです。

マスコミにとっては、鳩山、小沢が辞任するという経緯になれば、自己の過去の報道が大失態であったことにはならないですみます。自己を正当化するためには、報道を利用して、なんとしても鳩山、小沢を悪者に仕上げていくストーリーを完成させなければいけません。この2人が辞任したとき、マスコミはさぞかしホッとしたことでしょう。

鳩山は辞任するときに語っていました。「国民は聞く耳を持たなくなった」と。これは不適切な表現ですが、その真意は、「私の意図することがマスコミに歪められて、正確に国民に届かなくなった」という意味です。声は、マスコミに仲介され、国民に届きます。その仲介するマスコミが、鳩山を悪者にしなければいけない、というバックグラウンドを背負ってしまったのだから、非常に性質(たち)の悪い問題が潜在していたことになります。鳩山は、暗にマスコミ批判を行ったのです。

辺野古問題に関しても、沖縄の県民の中には、「国防上、やむをえない事はわかっている。県民の声を圧殺してきた今までの政治から一歩踏み出して、県民の心を汲み取ってくれ、このような結果にはなりましたが、日本中に伝えてくれたことを感謝しています」という声も、もちろんたくさんあったはずです。しかし、鳩山を悪徳化せざるを得ないマスコミは、その声を圧封しました。マスコミが報道しなければ、そのような声はなかったことになります。実は、このマスコミの姿勢は、沖縄の県民に大きな被害を与えています。全日本国民が沖縄県民に対して「子供じみていて、紳士的でない県民性」と誤解してしまったことです。私は、沖縄でも仕事していましたので、沖縄の人たちには素晴らしい人格の持ち主が多かったことを知っています。この誤解は、日本の将来を考えると実に残念です。

一つの事象に対し、悪としたほうが視聴者の関心を引きやすいものです。そして、一旦悪として報道したなら、名誉毀損として訴えられることを恐れて、本格的な悪へと仕上げていかなければいけなくなります。その結果、当事者の善なる言葉、善なる振る舞いも悪へと加工されて、報道されていくのです。

マスコミのそのような悪癖が続く限り、日本は世界の成長に取り残されていくに相違ありません。一つの人格体を粉々にしていくマスコミ権力は巨大なものになっています。小人に権力を持たせた国の末路が心配です。

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