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月刊メディカルサロン「診断」

結婚生活から晩年への現代的分析と、結婚観の新提案月刊メディカルサロン2011年2月号

「イクメン」という言葉が目立つようになりました。「育児するメンズ」つまり、子育てする男性達のことです。「子育てを手伝う」というレベルを超えて、まさに「子育てする」というレベルで使われる用語です。人類発生以来の自然の摂理に反する行為ではありますが、男が本来の役割を果たせていない、という引け目が、この用語の流行化、正当化をもたらすのでしょう。医学的には、「イクメン」は望ましくありません。男の筋肉というのは、「小さい負荷をかけて長時間じっとさせておくと硬直してしまう」という性質がありますので、「子供を抱いてじっとする」「子供を抱き続ける」というのには、きわめて不適です。女性の筋肉の場合はこのような現象は起こりません。

一方で実年離婚が増えています。男は仕事、女は子育てという分業の中で信用関係が崩れ、子育てが終了した頃「そろそろ離婚しましょう」という話になるのです。

たいていは女性が離婚話を持ちかけます。近い将来、「介護」が頭にちらつく女性側が、「この人を介護する気になれない」あるいは「介護するほどの恩は受けていない」と思っているのが原因の一つかもしれません。単純に、「一緒にいるということが耐えられない」というのも原因になり得ます。さらに、今後の年金を分け合える法律ができたことにより、今の財産折半と今後の年金収入で生涯生きていけるかどうかを合理的に判定できるようになったことが後押ししているのは否めません。どちらにしても、女から離婚の提案を受けた瞬間、男は人生計画が大きく狂うというパニックを経験することになります。死後に資産を相続されるのは構わないが、生きている間に半分持っていかれることに耐え切れない何かを感じるのも確かなようです。

「晩年」あるいは「余生を送る」という言葉があります。志や夢、欲、成功、自己顕示を求めて抱いていた「社会に立ち向かうエネルギー」を加齢に伴い失った頃から当てはまりだす言葉です。

シェイクスピアーいわく、

「終わりよければ、すべてよし」

ほとんどの人が同感することと思います。終わりがよければ、途中の苦労や不可思議、不納得は消えて「よかった」という結果になるのです。この論法に当てはめると、満足のいく晩年を作ることができれば、自分の人生は「よかった」ということになります。

「晩年をどのように過ごすかをイメージし、それを実現するためにひたすら努力を続け、イメージどおりの豊かな晩年を作ることができた」となれば、満足感の大きい人生だったということになるのでしょう。

私はかつて、「晩年、どうあるべきか」において、必要なものが4つあると語りました。「お金の不足、不安がないこと」「熱中するものがあること」「仲間がいること」「健康で五体満足であること」の4つです。
豊かな晩年を築くことが人生の目標であると位置づけてしまえば、結婚は「男女分業体制の中で子供という仲間をつくり、お金に不足、不安を感じないですむ地盤を築いていく」という目的を実現する一つの手法でしかなくなります。

さて、私は最近、人格に関してある事実に気づいています。「晩年を過ごす」「余生を送る」という段階になったとき、男の人格は変わるという事実です。「社会に立ち向かうエネルギーが大きい人」は、そのエネルギーを失う晩年に差し掛かるときに人格が変化します。例外なく必ず、です。しかし、その変化を妨げるものがあります。

それが、「男女分業体制の中で双方側に積もった恨み」です。
「社会に立ち向かうエネルギーが大きい男」ほど、ちょっとした悪戯が過ぎて女の恨みを買いやすく、また「子育てに熱中、あるいは翻弄されている女」ほど、男を邪魔者扱いし、男に不満を抱かせやすいのです。

せっかく、晩年を豊かに過ごすため、男女双方に都合のいいように人格が変化しようとしているのに、過去の恨みがその変化を妨げているのです。

晩年=余生送りのスタートを迎える段階では、子育て期、仕事熱中期という過去のことはきれいさっぱり忘れて、ゼロからのパートナーとして相手を見つめるようにしてほしいものです。結婚生活というのは「仲間となりうる立派な子供を育てる」「晩年のお金の不足や不安がない地盤を築く」という目的を成し遂げるための時期であり、男女とも豊かな晩年を築くための前段階に過ぎない時期なのですから。

私は今後の社会生活、あるいは結婚観に関して、次のような提案をしたいと思っています。

若いときからの結婚生活は、豊かな晩年を作るための序曲に過ぎない。いっそのこと、結婚式の愛の誓いは「汝は、この男性(女性)を生涯の伴侶として愛し続けることを誓いますか」ではなく、「分業体制の中で、お互いが責任ある役割を果たし、相手がその責任を果たしているのならば、相手に決して不満を持つことなく、晩年の入り口において再び永遠の愛を誓いあう日を作ると誓いますか?」にするべきである。

もともと二人で生活するというのは極めて難しいことですので、相手が必要最小限の役割を果たしていたら、不満を持たないようにしたいものです。

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