HOME > エッセイ集 > エンドステージ

月刊メディカルサロン「診断」

エンドステージ月刊メディカルサロン2013年4月号

逃げ切れたと思っていたのに経営者と話をしていると、「逃げ切れたと思っていたのに」という話が出ることがあります。これはどのような意味なのでしょうか?

経営者でも、特に創業者は、起業し事業を遂行する過程で莫大な借金を背負うことがしばしばです。自分が設立した会社の借り入れであっても、自分が連帯保証しているのが普通です。つまり、常に借金を背負っているのです。
表向き裕福な生活をしている経営者が多いことは事実です。消費生活もどちらかといえば派手なほうです。しかし、その裏側で会社の借入金の連帯保証がついているのです。この会社の借入金というのが、なかなか無くなりません。借入金があるということは返済しなければならず、その返済は税引き後利益から行われますから、返済のために従業員の給与を削ってでも、利益を捻出しなければならず、会社の潜在的余力もつけにくくなり、なかなか返済が完了しません。
つまり、創業者というのはその悪循環のサイクルからなかなか脱出できず、その心の苦しみが健康状態に影響していることがしばしばです。借金返済が完了する、あるいは、連帯保証を解除される、などの状態を「逃げ切った」と表現しているのでしょう。

「逃げ切れたと思っていたのに」というのは、「よし、貯めた資産を処理すれば返済を完了して、老後を万全の備えにできる」と思っていたのに、ITバブルの崩壊やリーマンショックなどの突然の事情で、その資産が急激な目減りをしたときに使われる表現です。逃げ切れていない限り、老後に時間を持て余すということはありません。

そんな話はさておき・・・。事業系の借金、あるいはその連帯保証がない限り、60~70歳になると、有り余った時間、余生をどう過ごすかという悩みに直面します。その時点での蓄積資産と今後の年金収入でどれくらいの生活ができるかを真剣に考えることになるでしょう。

通常は、60歳の男が90歳で生きている確率は21%です。メディカルサロンの健康管理学を活用すれば、それが53.5%の確率で目指せます。とはいえ、いつの日か、死に直面する日がくるのは間違いありません。「自分の死に際、どうあるべきか」に関して、ふと頭をよぎることくらいはしばしばあると思いますが、深追いして考える機会はないと思います。一度は真剣に考え抜いてほしいと思っています。

死ぬときのパターンは、次の5つです。

  • 1.先ほどまで元気だったのにコロリと死んでしまう
  • 2.長い闘病の末に数日の苦しみで死んでしまう
  • 3.急速に寝たきりになって、そのうち、肺炎などで死んでしまう
  • 4.純粋に衰えて、食べられなくなって死んでいく
  • 5.重大な病気が突然発覚し1~2ヶ月で死んでしまう

1は心筋梗塞や脳出血、クモ膜下出血、大動脈瘤破裂、交通事故などでみられるパターンです。世間的には「ぴんぴんコロリ」といって歓迎されているようですが、本人が予想医学を活用していなかった結果ですから、ある意味では非常に悔やまれます。
2は臓器の1つが不全状態になる慢性疾患を抱えた場合や、手術で取りきれないようなガンが発覚した場合です。抗ガン剤投与などの治療が長く続き、やがて悪化し、最後の土壇場で多臓器不全や肺炎を引き起こし死んでいくというパターンです。現代日本医療では、治療効果がないとわかっていても、あるいは患者の余生を苦しめることになるとわかってもても、莫大な医療費をつぎ込んでいきます。
3は脳血管疾患(主として脳梗塞、脳出血)や脊髄疾患、神経疾患、筋疾患、骨折などが原因で、ある日を境に突然寝たきりになり、自分で食事を摂取するのも難しいという状態が長く続き、やがて肺炎を発症して死んでいくパターンです。
4は小さな脳梗塞が多発して、身体機能や知的能力が徐々に衰え、寝たきりになり、自力で食事がとれず、介助があっても食事が喉を通らなくなり、やがて死んでいくパターンです。この際、現代日本医療では、お腹の表面から胃に向かって管を通し、無理やり栄養を流し込んで生きながらえさせる、という治療手法をとることがしばしばです。
5は何の健康不安も持たずに生活していたのに、ある日突然、何かの「痛み」などの症状で発症し、調べてみるとすでに全身に進行したガンがあったなどの場合で、抗ガン剤投与などの治療はすぐに諦めて、痛みをとる治療のみに専念し、1~2ヶ月以内に死んでいくというパターンです。日ごろの健康チェックをまったく行っていなかった人に見られますが、日本では非常に少なくなっています。浮浪者などにはこのパターンが見られます。

皆さんは、どのパターンなら許容できるでしょうか。ここに、深く考えさせられる面白いデータがあります。

自分の死に際、どうあるべきか「イギリスにおいては、突然に発症して救急車で運ばれてきた患者の4人に1人は、それまで気づいていなかった末期ガンであった」というものです。イギリスでは、「自分の身体は自分で守る」という思いが強いのか、病院を受診するのが嫌いなのか、診療を受ける費用をケチっているのか、あるいは何かを深く悟っているのか、ちょっとした症状で病院に行く人はおらず、また、定期的に身体を調べなければと思う人も少ないそうです。ですから、ガンが発見されて治療に取り組んでいるという人が少なく、最後の土壇場で発覚するのです。日本ならとっくにそのガンは見つけられて、泥みどろの抗ガン治療をしているケースです。
イギリスではぎりぎり土壇場まで病気のことを考えず、普通に生活して、最後の1~2ヶ月だけ病院の世話になっています。あるいは、見つかっていても治療を拒否して、通院せずに普通の生活を続けて土壇場を迎えているのでしょう。

このデータから、何かの想いを胸に抱いてほしいと思います。いろんなことを考えながら、自分の人生の最後、どうあるべきかに思いを馳せてください。

では、私自身は「どうあるべきか」と思っているか、お答えしておきましょう。

1の突然死に対しては予想医学を活用して徹底的に予防します。その上で、寝たきりにならないように、脳梗塞は絶対に予防し、足腰が衰えないように気を使い、3、4を防止します。骨、軟骨を丈夫に維持するのは必須だと思っています。予想医学、予防医学、エイジングリカバリーの連動効果でその辺は十分に可能です。
その上で、臓器がジリ貧になる病気は差し当たり持っていませんので、長い闘病になるとしたらガンに限ります。予想医学的にガンの発生は事前予想して防止しますが、それでも想定外のガンが発生することに備えて、手術でとりきれるレベルで早期発見できるように気を使います。特に油断の産物である大腸ガンには気を使います。手術で取りきれるレベルでないガンが見つかったら、あれこれと治療せず放置します。
その場合、あと1~2ヶ月で死んでしまうという状態まで放置しますが、そのときに、ある程度のところで、できれば尊厳を保つために切腹したいと思っています。

皆さんもよく考えて自分の方針をまとめておいてほしいものです。

エッセイ一覧に戻る