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月刊メディカルサロン「診断」

安部英逮捕!!月刊メディカルサロン1996年10月

医師の世界には「こうすれば必ずこうなる」というような確定したお話しはありません。常に確率論が前提になります。「こういう治療をすれば、これぐらいの確率でこんな状態にまで回復する」という類の話が中心です。したがって、ある治療を施すときは「その治療による有益性と悪弊の割合」を医師はいつも頭の中で秤に掛けているものなのです。

「秤に掛ける」ときに自分の経験と知識を120%生かすように努力しているのです。その努力の結果、選び出された治療を施すことになります。治療方法を選び出す権限を「医師の裁量権」とでも言うのでしょうか。そのような権限は医師が無言の内に獲得しており、各医師は他人の口出しを認めようとしないのが現状と考えていいでしょう。医学の実践=医療は、この医師による裁量が主体となっています。この裁量権に対しては厚生省も口を挟むことはできないでしょう。

医師の世界は、ある1人のボス医師を中心として、そのボスの下に絶対服従のグループが形成されている世界です。そのグループに属する医師が施す医療はボス医師の裁量が決定的な力を持つことになります。従ってそのボス医師を巡って製薬会社が動くことに何の不思議もありません。

つまり、絶対性の強い「医師の裁量権」、「ボス医師」の存在、「利益追求が至上命令」の製薬会社、この3つを基礎舞台として、今回の薬害エイズ問題は発症しました。背景因子がそろっているのに、その結果となる産物が生まれることはないだろうと予想するのはやや愚かに思います。すなわち、いつの日か起こると予想されていた事件が必然的に起こっただけなのです。

血友病の治療のために通常は非加熱製剤を使っていました。この製剤を使うとエイズ感染の可能性があると判明しました。そのとき、阿部医師は頭の中で「非加熱製剤を使い続けることの有益性(治療効果の大きさ)悪弊(エイズ感染の可能性)」を秤に掛けることになりました。たったひとりでもエイズ感染の可能性があるのなら非加熱製剤中止とあっさりと結論を出したことでしょう。

ところが、そのような正義の判断をさせるわけにはいかない製薬会社にそのボス医師はがっちりと取り囲まれていたのです。

阿部英逮捕の結末は至極当然と言えるでしょう。天下り先が関係していたとはいえ、厚生省を過剰に責めるのは見当違いな気がします。治療現場の主体、裁量はあくまで医師に帰すものなのです。

阿部医師には、「すべての責任は私にある」と明言し、じたばたせずに勇ましく切腹するだけの度量を示して欲しいものです。

ただし、業務上過失致死罪を適用したことには、一言だけ付け加えたいことがでてきます。非加熱製剤と同様に「可能性が少しでもある」という点を考慮すると、次の事実を見逃すことができなくなります。

献血・輸血の問題です。献血をする際にはエイズ抗体を検査していますが、この抗体は感染後2ヶ月経過しないと検出されません。つまりつい1ヶ月前にエイズに感染した人の献血液にはエイズウイルスが含まれているのですが、検査を行っても陰性と判定されてしまうのです。その患者に輸血すると、その患者はエイズに感染することになります。現状での輸血がそういった危険性を内在していることは、医師だけでなく厚生省の官僚も当然知っていることでしょう。ということは、現在の状況では、輸血を行うこと自体が業務上過失致死罪に相当するのではないでしょうか。この問題もいつの日かクローズアップされることでしょう。

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