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月刊メディカルサロン「診断」

プライベートドクター、いかにあるべきか。「夢物語から、現実に存在するものへ」

私は平成4年に慶応義塾大学病院の内科外来を担当することになりました。当時は、医師になって4年目で、最年少の内科外来担当でした。医療社会の慣習にまだ慣らされていない私が、外来を担当した瞬間から出くわすことになった、医療社会の医師側の内部の様々な現象、製薬会社が関与する際の異常性、本来あるべきではない現象に関しては、機会あるごとに述べてきました。

当時は、「3時間待ちの3分診療」「薬漬け、検査漬け」「説明不足」などの医療上の問題がクローズアップされてきた時代でした。そのときに、外来を担当しながら、私は二つの問題点を認識しました。

1つは、患者側の人体、医療に関する知識が乏しすぎるという問題です。マスコミは「説明不足」と不満を述べますが、診察現場というのは、あたかも、証券会社の支店に訪ねて、カウンター越しに「株って何ですか?」と質問するようなやりとりの現場であり、医師の立場では、「えっ、そんなレベルから説明しなければいけないの?大勢の患者が待っているのに」という気分をぬぐえるものではありません。健康、医療、人体というのは、生涯にわたって関与する問題なのに、患者側にはほんの基礎的な知識でさえ、まるでないのです。学ぶ機会がなかったからやむを得ないかもしれませんが、それにしてもひどすぎます。
ある患者に説明している時に、話が通じないので、「肺はどこにあるかご存知ですか」と質問してみたところ、「心臓が左だから、肺は右」を言う答えが返ってきました。その瞬間、私は、今後の医療社会が抱える最大の問題点の急所はそこである、と看破したような気分になったものです。

もう一つは、「予防医学が、まるでなっていない」という問題でした。予防医学の最前線に、人間ドックがあります。しかし、この人間ドックが予防医学の遂行に役に立っていないのです。患者の立場では「健康保険で治療できる病気を指摘してもらう」ための検査に過ぎず、医師の立場では、「都合のいいパート先」にすぎません。プロの予防医学医師がいないのです。予防医学の遂行には、健康教育が必須であり、人間ドックが健康教育を担わなければいけないのに、まったくその役割を演じていません。つまり、医師が労力を払おうとしないのです。いかに、労力を払わず、コンピューターに検査結果を出力させるか、ばかりを考えています。
うがった見方をすれば、「健康保険で治療できるのに、治療しないで、野放しにしておくなんて、収益的にもったいない。人間ドックは、そういう人たちを呼び込むための前衛機関にすぎない」という見え方がしてきます。

そんな思いにとらわれる中、様々な診療現場の疑問の解決の糸口のつもりで、平成4年7月に、一つの理想論的なものとして、プライベートドクターシステムという名称のものを創設しました。マンションの一室で始めたのです。
以後のことは毎月発刊している月刊メディカルサロンを追えば、生々しく記録されています。当初は、理想論的なことを掲げはしたが、本当に遂行しきることができるのだろうか?という強い不安に駆られていたのを覚えています。社会に必要であるのは間違いない。しかし、収入が伴わなければ維持できない。健康保険制度の下で、「医療は安いもの」という錯誤認識が染みついている日本社会で、本当に、内科領域の自由診療になるプライベートドクターシステムを維持できるのだろうか?「言っていることは立派だけど、すぐになくなるに違いないから、私は入会しない」と論じた人もいました。私自身もそれを否定できず、不安で、不安で、毎晩、何度も目が覚めたのを覚えています。

創業のころの月刊メディカルサロンを見ると、「医師と会員の友誼関係」「医師と会員の豊富なコミュニケーション」「私が見ている限り、あなたは死なない。病気にならない。そんな健康管理指導」などを標榜していました。
平成7年、大学院の卒業の際に、私が築き上げたい医療に関して、当時の教授と話し合いました。そして、手厳しく指導されました。
「それは理想論であり、夢物語である」
「内科の臨床は、健康保険を捨てて、やっていけるものではない」
しかし、教授はなぜか寛容で、私が独自の道を歩むことを認めてくれました。しかも、医局から放逐という形式ではなく、医局の一員としての立場を認めてくれました。なぜ、認めてくれたのか?今、思えば不思議で仕方ありません。しかし、その教授はすでに亡くなっています。

プライベートドクターシステムの運営に一点集中することになって以来、私の試行錯誤は続きました。できること、できないことというものは確かに存在します。喜んでもらえるもの、喜んでもらえないものも確かに存在します。そして、収入バランスの問題で、組織の存続を容易ならしめるもの、困難ならしめるものも存在します。創業以来24年余りの間に、私と同じようなことを標榜して開業する医師も他に現れました。しかし、そのすべては数年もしないうちに消えていきました。創業以来の24年余りの年月は、胸に抱いている理想論を実現するための取捨選択の歴史であり、必死の毎日だったように思います。

今、ここで、理想論ではなく、私が実際に行ってきたプライベートドクターシステムの内容をまとめてみたいと思います。

健康管理指導

定期的に卓を囲んで、30分から1時間の家庭教師風のカウンセリングを繰り返しながら、「健康を守る」ための知識を教授します。身につけた「健康、人体、医療の知識」と自己の生活信条との融合が、自分の身を守るのです。
「健康管理の目標設計」「健康管理に三態あり。寿命管理、体調管理、容姿管理である」「寿命管理のキーは、死ぬような病気にかからないこと。死ぬような病気とは・・・。それを自分の身体に当てはめると・・・」といった健康管理学、予想医学のエッセンスを定期的な診療(懇談)の中で習得してもらいます。
なお、ダイエットや美肌づくり(整肌:男の要望も増えている)の指導を行ったり、意欲や体力の回復、疲労回復の指導なども、この健康管理指導の範疇です。

顧問活動

健康問題で困ったとき、健康不安を感じたとき、納得できない医療上の問題が生じたとき、いつでも相談することができます。これは、法律相談の弁護士と似た機能です。重大な病気の治療選択の岐路に立った際のセカンドオピニオンも、この顧問としての機能に属します。当方では、「医学という科学と本人の人生観と信条の融合」をテーマとするセカンドオピニオン提供を主体としています。
なお、病院の検査で異常なしと判定された胃の不具合や胸部の症状、疲労感などの体調不良に対して、医薬品を投与しないで、病状メカニズムを解説することによって治療するのも顧問活動の範疇です。

通院治療の補完活動

他の病院に通院しながら、当システムに入会している人が大勢います。一つの病気に対して多数の治療方法がありますので、自分が受けている治療に対してもっと理解を深めたいのは当然です。どこかの病院に通院していると「過剰診療」「放射線被爆」「薬漬け、薬の飲み合わせ」「別治療方法があるのじゃないかという思惑」「本当に治療が必要か」「自分の人生観、信条とすれ違っている」など、知らず知らずのうちの多くの疑念が生じているものです。
プライベートドクターとともに、他の病院での治療内容を確認しあって、その際の担当医の思惑などを推測したりすると、自分が受けている治療に対する理解が深まり、受けている治療に対する信念が強まり、不必要な不安がなくなり、自分の健康、未来に対する自信がついてきます。

定期的な健康チェック

採血、CT、脳ドック、大腸内視鏡、胃内視鏡・・・放射線被ばく量を十分に考慮しながら、必要に応じて、どんな検査でも実施することができます。検査結果がでるごとに、身体を改良するための家庭教師的な懇談会(カウンセリング)を行います。この家庭教師型カウンセリングでは、「健康を守るための知識の教授」が同時に行われます。ほとんどの人は、「健康、人体、医療」に関して学ぶ機会がなかったので、健康教育活動ともいえるこのカウンセリングは大きな価値をもたらします。

栄養食事指導

病気は医薬品で治療しますが、健康の維持増進には、栄養素のことは不可欠です。特に、食生活の欧米化に伴って発生する予想医学上の健康問題には、気をつかっています。重要な栄養素で、日常の食事からの摂取が困難なものは、サプリメントですすめることもあります。

アンチエイジング指導

平成12年ごろから、「若返る」を目的とする「抗加齢医学」が進歩しました。容姿の若返りだけではなく、「気力(意欲)」「体力」の若返りです。当システムでは、日本で抗加齢医学が叫ばれる以前から、この医療を導入し、会員に実践指導しています。

急病コール

困った急病時には、ドクターが持つ携帯電話に相談することができます。

お見舞い活動

会員が何かの病気や手術のために入院した際は、お見舞いに訪ねることが多いです。プライベートドクターが、お見舞いに行き、入院中の病院の担当医と打ち合わせることは、言葉に表せない大きな価値をもたらします。

プライベートドクターシステムの名のもとに私が果たしてきたこれらの機能は、健康保険制度の医療とは別枠に存在するべきものであり、かつては、夢物語と言われたものであり、理想論に過ぎないと揶揄されたものです。しかし、それらを「実際に実行してきた現実のもの」として、しっかりとその輪郭を作り上げました。
プライベートドクターシステムに入会して、会員が自己の日常にこの機能を備えることは、人生に大きな価値をもたらします。入会して要する費用は、健康保険の掛け金に比べると微々たる金額に過ぎません。

「プライベートドクター、いかにあるべきか」のレールを敷きましたので、今後は、その後を追う若手医師が誕生するのを待つばかりです。

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