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月刊メディカルサロン「診断」

理想の医療体制を取りとめもなく考える(その1)掲載日2019年3月28日
月刊メディカルサロン5月号

ここ5~6年、ときどき途方もないことを考えることがあります。
もし、医療サービスがまったく存在しない1億2千万人の国家があり・・・、それでいてその国には医師が30万人おり・・・、その国がゼロからの医療システムづくりをすることになり・・・、医師を自由に配置することができ・・・そして私がその医療システムづくりの独裁権限者だったら・・・。その国家にどのような医療体制を作ったらいいのだろうか、という内容です。
これは、いうまでもなく、日本国の最も理想とする「本来、あるべき医療体制の姿」を意味しています。それがどんな姿なのか?結論が簡単に出るわけがないですので、とりとめもなく、断片的に思考が進みます。

救急医療体制

世の中には、突然、重大な病気を発症する人がいます。胸を押さえて苦しんで冷や汗だらけになっている人(心筋梗塞)、半身が動かなくなってバタバタしている人(脳梗塞)、突然ポカンとして全く話が通じなくなる人(脳梗塞)、お腹を押さえて七転八倒している人(急性腹症)、突然倒れて意識がなくなっている人(クモ膜下出血や大動脈解離など)、胸を押さえて「苦しい」と叫んだ直後にもう意識がなくなっている人(心筋梗塞&急性心不全)、周産期に突然、破水や大出血を起こした人・・・。また、交通事故などで血まみれになっている人、意識を失っている人、心肺停止した直後の人もいます。まさに、「真の救急患者」です。

そういう人たちに、治療を施すための施設が必要です。この医療の実施には、即時性が重要であり、時間的猶予がありません。本人へのじっくりとした病状説明もなければ、家族と治療方法を検討するなどという概念もなく、とにかく、医師がどんどん手を動かしていかなければなりません。いわゆる「真の救急医療」ですが、まずは、そのネットワークを国中隅々にまで行き届くように築かなければいけません。
救急患者がどこかで発生したら、救急車が素早く駆け付け、その地域に一つだけ存在する搬送可能な病院に、つまり、どの病院に連れていくかを悩む必要はなく、その病院に連れていけば、どんな病状の患者でも瞬時にして最良の対応ができるという「スーパー救急医療施設」をつくります。

「スーパー救急医療施設」の配置

その医療を実施できる技量を持った医師を養成しなければいけないのは当然ですが、その医師を養成できたとして、そのスーパー救急医療施設を日本国内にどのように配置したらいいのでしょうか?
人口20万人に1施設必要なら、その国には600施設が必要ということになります。人口40万人に1施設必要なら、300施設必要になります。60万人に1施設必要なら200施設です。たくさんつくれば安心ですが、30万人の医師全員を配置できるわけではありませんし、建設コスト、維持コストも考えなければいけませんので、施設数はどこかで妥協しなければいけません。また、救急車が搬送しなければいけませんから、道路事情を考察して、どんな地域で発症しても、速やかにたどり着く距離的範囲に1つのスーパー救急医療施設を作らなければいけません。
どれだけの数のスーパー救急医療施設が必要であるかは、その国のお役人が計算するでしょう。今現在の参考数値として、日本の場合は、全国に約8400件の病院(20床以上の入院施設あり)があり、81の大学医学部があります。そのスーパー救急医療施設を地域の人口と道路事情を考えて必要な数だけつくれば、とりあえず、国家内の医療体制づくりの一歩目は踏み出せたことになります。

周産期医療体制

その1億2千万人の国には、現状で、毎年100万人の子供が生まれているとします(日本は約98万人)。人々が安心して出産できるようにするにはどうしたらいいのでしょうか?これには周産期の経過観察と分娩の両者を分けて考える必要があるかなあ、という気がします。まず、分娩のための医療施設を考えなければいけません。その医療施設は国内にどれほどの数が必要なのでしょうか?
分娩のための入院期間を1週間と定めてしまいます。もちろん特殊事情が生じて長引くこともありますが、とりあえず1週間と定めます。すると1つの入院ベッドで、年間約50人の出産が可能です。年間100万人が生まれるのですから、100万÷50で、ベッド数は2万ベッドです。
2万ベッド・・・、その数がどれほどのものかピンときませんが、前述のスーパー救急医療施設を思い起こしてみるとピンときます。スーパー救急医療施設を日本に400施設つくってあれば、1施設に2万÷400=50床の分娩時用入院ベッドを配置すればいいことになります。スーパー救急医療施設は、人口に比例して存在し、道路事情も考慮されていますので、出産年齢女性と単純人口のアンバランス問題はありますが、まずまず適切な配置になっているとみなすことができます。

4000人の分娩専門医

スーパー救急医療施設は、本来は救急医療施設ですから、周産期中の大トラブルがあっても、救急車はそこに搬送すればいいことになりますし、分娩時の思わぬ事態にも即時に対応することができます。
50床の入院ベッドがあれば、1日に7~8人の分娩を行うことになります。となると、ある時間帯に必ず常駐していなければいけない医師の数は・・・。それを8時間ごとの3交代制で、医師を週休2日にすると、医師の数は何人必要になるか・・・。何せ私は独裁権限者ですから、医師が過労にならないように配慮して、勝手に数字を決めることができます。
「 よし、一つのスーパー医療施設に分娩専門医を10人配置しよう」と決断します。すると、全国で4000人の分娩専門医がいればいいことになります。その4000人が周産期の救急医療対応を兼ねます。
その体制をつくってしまえば、出産に関連する不安や悩みは生じず、安心して、妊娠、出産に向かうことができます。
4000人のその専門医と言えば・・・。例えば、日本国には81の大学医学部がありますから(医師国家試験合格者数は年間約9000人)、それぞれの医学部の過去の全卒業生から5人ずつ輩出してもらえば、事足りることになります。
そのような医療体制ができてしまえば、1億2千万人が、出産、分娩に関して、不安、悩みを持つことは一切なくなるような気がするのです。

明治維新以来の自由開業制の中で形成された今の日本の医療体制の中では、非現実なことですが、考えるのは自由というものです。 <つづく>

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