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月刊メディカルサロン「診断」

記憶の仕方・・・工夫ひとつで成績は一気に向上掲載日2019年12月23日
月刊メディカルサロン2月号

三歩進んで二歩戻る

小学生の頃、私がよく遊んだ友達にY君がいました。小学校では各生徒の成績を公表しませんので、Y君の成績がどのようなものかは不明でした。ただ、「いろいろ物知りな友達だなあ」とは思っていました。
Y君は、いつも本を読んでいました。その読み方が面白いのです。絶対に一直線に読み進めません。数ページ読み進めたかと思うと、数ページ戻って、すでに読み終えたところをもう一度読むのです。チャッ、チャッ、チャッと数ページ読んだかと思うと、チャッ、チャッと戻ります。それを繰り返しながら前進します。教科書を読むのも小説を読むのも、同じです。三歩進んで二歩戻りながら、読み進めるのです。
小学校5年生、6年生の時、私はY君のその読み方に価値があるとは思いませんでした。「変わった読み方をするなあ」と思っている程度でした。そのY君が中学受験で、鹿児島のラサール中学へ進学しました(後に東大に合格しています)。私は驚きました。

覚えるとはこういうことか

中学生になった時、彼のその勉強の仕方が気になって仕方がありませんでした。しかし、私は家業の料理店を手伝わなければいけない身でしたので、勉強から遠ざかって中学1年生を過ごしました。
中学2年生になると、私は家業の料理店を継ぐのは嫌だという気分が日増しに高まりました。しかし、このままだと自動的に家業を継がなければいけません。その路線から脱出するには・・・と一生懸命に考えた結果、勉強して学校の成績を上げるしかないという結論に至りました。当時の私の成績は、ほぼ「中」または、「中の上」でした。

その時、私はY君の本の読み方を思い出しました。三歩進んで二歩戻る。この読み方です。1回読んだところをまた読むなんて・・・面倒くさいなあ、何の意味があるのかなあ、と思いました。しかし、実際にやってみると・・・1回目と2回目、何かが違います。どのような違いであるかを説明すると、1回目はストーリーの展開を理解するために読んでいます。2回目は、文章の各部分、あるいは文章そのものを覚えるために読むという気分になってきます。覚えるというのはこういうことか、と思ったものです。
それまでは、「覚えるためには書いて覚えろ」と教わってきました。「これを覚えるぞ」と気合を入れて、同じ文章、あるいは同じ単語を繰り返し「書いて」覚えようとしたものです。

成績、急上昇!

一方、「三歩進んで二歩戻る」は、「書いて覚える」こととは、脳の使い方が全く異なっています。その読み方を続けていくと、理解する1回目と覚える2回目で、脳内の何かが違うのです。2回目の方が、集中力が高まります。1回目は慣らし運転で、2回目が本番という感じになってきます。そして、さらに読み進めていくときに、関連することが出てきたら、また「そこに戻る」という癖がついてきます。「元に戻る」の癖が身に付いた時、急に自分の脳が大きくなったような気がしました。

その後、成績は急上昇し、家業の手伝いから解放され、学業に集中する人生へと転換させてもらえました。「三歩進んで二歩戻る」の習慣は、試験の時に大きな威力を発揮しました。試験問題を回答しながらも、三歩進んで二歩戻るようになるのです。
試験では、「よく見直せよ」「ちゃんと見直してから提出しろよ」などといわれます。見直し方にはいろいろあると思いますが、以前の私は「最後まで回答してから見直す」ようにしていました。しかし、「三歩進んで二歩戻る」の癖がついてからは、試験問題全部のうち、「いくつか回答してはまた戻って見直していく」を繰り返すようになりました。全問題の最後まで到達した時、もう「見直し」は完了したのも同然になったのです。この方法が身に付くと、「早く最後まで回答しなければ」という焦りがなくなり、冷静沈着になります。ますます頭が冴えてくるのです。1970年代、私はこの手法を身に付けて、学力を高めていきました。

科学による裏付け

さて、1990年代になって、MRI、CTの検査機器が普及しました。放射性物質のマーカー技術も進歩しました。その進歩により、脳が活動している時に、脳のどの部分が盛んに働いているかがわかるようになったのです。いわゆる「脳科学」の進歩です。
「記憶」が詰め込まれている場所は、100人中85人が左側頭葉の上部のやや内側にあることが判明しました。100人中15人は、右側頭葉の上部のやや内側です。この部分の名称を「海馬(かいば)」といいます。ここに詰め込まれた記憶のひとつひとつを前頭葉が引っ張り出して、前頭葉の中で記憶をつなぎ合わせて、文章や会話を理解します。あるいは、文章や会話文を作ります。前頭葉は、言うまでもなく、理解、推察、判断など思考を行うところです。

海馬にたくさんのことが詰め込まれているほど、理解の幅が広がり、推察するための材料が増え、判断するための基礎原理や筋道が増えます。だから、さしあたりは「海馬にたくさんのことを詰め込む」ことが学ぶことの価値ということになります。
となると、大学受験までなぜ試験が存在するか理解できます。「海馬への詰め込み方」を身に付け、「海馬の容量」が大きくなった人を選別することが目的ということになります。大学以後は、判断、推察などの前頭葉の能力を鍛えていきます。一流大学に行ったけど、社会人になったら活躍できないという人が多くいますが、そんな人の中には、海馬機能は優れているけれども、前頭葉機能が進歩しなかった、という人がかなり含まれています。

シナプスネットワーク

海馬は、脳細胞の大量の集合体です。脳細胞は、軸索、樹状突起を通じてつながりあっています。つながっている部分を「シナプス」といいます。シナプスを通じて電流が流れます。つまり脳細胞にはシナプスを通じて、無数の電流回路が存在するのです。シナプスネットワーク

一つの記憶の実体は、脳細胞どうしがつながって出来上がった一つの電流回路である「シナプスネットワーク」なのです。
平家物語の冒頭である「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」を記憶している人は、海馬の中にその文章のシナプスネットワークが出来上がっており、それが消滅しないで残っているということなのです。
さて、一つの電流回路であるこのシナプスネットワークは、完成して定着させるのに5分かかることが判明しました。つまり、一つのことを覚えようと思ったら、1回目に読んで、おぼろげに出来上がったシナプスネットワークを5分以内に、もう一度読んで固めなおす必要があるのです。その作業で、一つの記憶として完成します。

1970年代にY君のおかげで私が身につけた「三歩進んで二歩戻る」の記憶術は、1990年代になって、脳科学研究でその合理性が証明されました。

今、「背を伸ばす医療」で大勢の子供たちを診療しています。診療しながら、そのような記憶のコツなども教えているのが、私の診察現場です。

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