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月刊メディカルサロン「診断」

医薬品効果と栄養素効果掲載日2020年10月1日
月刊メディカルサロン11月号

人類誕生のときから、人は食べ物を口に入れて、その栄養素の効果で、活動し、生命を全うし、現代にいたるまで、人類の種を引き継いできました。食べ物がなければ、餓死を迎えるのみでした。食べ物は時として、フグ毒や毒キノコなど身体に害を与えることがありましたが、人類は仲間の死という犠牲を踏み台にして、学習を積み重ね、食べてはいけないものを覚えてきました。
ある種の栄養素が不足したために、病気を発症し死んでしまった人も大勢いました。ビタミンB1が不足して発症する脚気などは、明治時代においても多くの人の命を奪ってきました。人類が存続できたのは、食べ物がもつ栄養素の効果のおかげです。つまり、栄養素に、人体への効果がなければ、人類は存続できませんでした。
その長い歴史の中で、「スッポンを食べると精力が高まる」「ニンニクを食べると疲労回復になる」「繊維質をしっかりと取ると便秘が改善する」「乳製品を多くとると子供の身体がより大きくなる」「魚を食べると動脈硬化がすすまない」「年をとったら肉を食べた方が長生きするらしい」など、個別の食べ物に関して、健康に対する何かのプラス効果があることを感じるようになりました。医学的な検証の有無にかかわらず、伝承的に健康への効果が自然に認知されるようになったのです。人々は、食品がもつ栄養素の効果で人類種を存続させただけではなく、健康に対するよりプラスの効果を期待するようになっています。この期待されている効果は、健康増進効果、病気の予防効果というべきものです。

長い人類の歴史の中で、人は栄養素とは全く異なる薬物というものを利用することを覚えました。細菌を殺す抗生物質の発見、利用は、細菌が引き起こす病気の治療に役立ち、人の生存期間延長に大きく貢献しました。鎮痛剤、胃酸分泌抑制剤など、開発が進むほどに、病気の克服が簡単になりました。病気への対応策がどんどん進歩するのです。
薬物の効果は、病気の治療に利用されます。薬物は、病気でない人が日常的に摂取するものではありません。身近にありきたりのように存在するものでもありません。自然界には、大麻などの強烈な薬草も存在しますが、あくまで、薬物は工業的に合成されます。合成されたものは、ふぐ毒や毒キノコのように、人類の長い歴史の中で排除されてきたわけではないですので、副作用問題に気を使わなければいけません。その薬物に人々が期待するのは、病気の治療です。つまり、薬物は病気の治療効果を持つのです。
栄養素がもつ健康増進効果、病気の予防効果と、薬物がもつ治療効果を両輪として、人々は、より健康で長生きすることを目指しています。
栄養素も薬物も人体に作用をもたらしますが、その成分の由来はまったく異なります。栄養素は主として、農業、林業、水産業の収穫物に存在するものであり食品の一環となります。薬物は工場での工業的合成によって、生産され、食品と言えるものではありません。

栄養素の重要性を人々が改めて認識するようになり、健康食品といわれるものが世の中に現れました。特定の栄養素に焦点を当てて、その栄養素効果が論じられ、サプリメントという商品になったのです。ビタミン、ミネラル、繊維質(ファイバー)、フィッシュオイルなどは歴史が古く、ここ20年では、キノコ抽出物、カニ甲羅や軟骨原料からの抽出物(グルコサミンやコンドロイチン)などが、サプリメントとして、広まりました。それらは日常に接する食品から得られたものです。栄養素の健康増進効果を求める人々の中で需要が高まり、先進国では一大産業になりつつあります。
私は、病気でない人への健康管理指導という医療を展開しています。当然、栄養素には、注目することになります。栄養素をめぐって多くの人々と接しています。その日々の中で、栄養素に対する人々の認識が、進歩、成長していることを感じ取っています。この栄養素商品には、その成分がもつ健康増進効果を期待しているのですが、それだけではない効果を感じ取るようになっているのです。一言で言えば、「勇気を得る」「励ましを得る」「不安から解放される」「指標を得る」というものです。
神社や寺にお参りした人は、賽銭を投げ込み、手を合わせることによって、心に何かの効果が生まれることを感じています。晴れ晴れとした顔になって、「肩に乗っていたものが軽くなった」や「これで大丈夫だ。また頑張るぞ」と言ったりします。「お参り」というのは、人の心に、何かの効果をもたらしているのです。その効果とは、まさに、「勇気を得る」「励ましを得る」「不安から解放される」です。この効果を「医学とは関係ない」「医学的に検証できない」という人は、人を植物や鉱物と同じようなもの、としか思っていない人たちです。
医師の仕事は、病気を治療することですが、厳密にいうと、「病気の治療を通じて、人々に意欲と勇気を与える」ことなのです。そのために、栄養素の効果は、成分の直接的作用だけでなく、心に与える作用でも役立つのです。
なお、最近では、ある栄養素成分のことを学んだら、インターネットで調べて、その成分を含む商品を調べて列挙させ、パッケージデザインや商品名、製造会社、価格を調べて購入する、というのが主流となっています。サプリメントがファッション化しているのです。同時に、知識を得たら、すぐに購入へと飛びつくのではなく、インターネットで比較調査する、というステップをとっています。栄養素商品が、日常生活に溶け込み、気軽さと慎重さが伴うようになり、一大産業になる前触れともいえる状況です。

さて、昨今、この栄養素商品に関して、政府は、「特定保健用食品」などの許認可制の呼称を設け、その許認可を得ない商品に対して、「効果」という単語を使ってはいけない、などの厳しい表現統制を行う流れを作っています。その統制は行き着く限界までたどり着き、「医薬品ではないはずの栄養素に、効果がある、と言ったら、その栄養素を含む商品は医薬品とみなす」とまで宣言しています。そして、そのような栄養素を含むサプリメントを未承認医薬品と定義し、強い表現統制、言論統制を設けました。
そして、今年の春には、その広告規制の一環として、セミナーや講演の演述において、栄養素商品の商品名や、成分名を出して、健康への効果を説明する話をすることは、違法であるという通知を出しました。これは、お隣の中国に勝るとも劣らない表現統制、言論統制と言えるかもしれません。
私は「全国民の健康、人体、医療に関する知識の向上」を生涯テーマの一つとして活動しています。健康教育の内容は多岐にわたりますが、その一つとして、当然のように栄養素の効果に関する教育があります。政府の表現の統制は、この教育の手法の統制にもつながります。
講演で話をするとき、聴衆の集中力を高めるためにいろいろな工夫をします。栄養素商品であるサプリメントの商品名を出すことは工夫の一つです。高邁な話や体系的な話を聞かせながら、皆の集中力を引き出すのは非常に難しく、具体的な商品名を提示して話をすると、皆が喜び、集中力が高まります。雲の上の漠然とした話が、一気に身近な具体的な話に変化するからです。
皆さんが日ごろ利用する皮革のバッグを例に挙げてみましょう。皮革の成り立ちを丁寧に話しても、人は眠くなるだけです。「皮革は動物の真皮であり、コラーゲン成分からできており・・・」と言っても、人の集中力は高まりません。しかし、「シャネルのバッグの皮革と、エルメスのバッグの皮革を比べてみましょう」から話し出すと、関心が高まり、集中力を呼び出すことができるのです。それと同様に、栄養素の話をするときは、個別商品の話から、「この商品にはこんな効果がある」と語り、「それはどの成分なのでしょうか」というふうに、成分に落とし込んでいくと、皆さんはよく理解してくれます。講演の価値を高めるための一つの話法と言えるのです。教育効果に対する最大効率性を求めるとその話法になるのです。
ゴルフクラブのドライバーを思い起こしてください。ドライバー一本に様々なうん蓄がありますが、結局は、趣味であり、道楽であり、一つのファッションとしての要素も強いのです。そのうん蓄を繰り返す中で、国民の知恵が高まり、認識のレベルアップがあり、提供側も工夫し、さらに知恵を出して、双方の向上、一つの産業の盛り上がりが生まれるのです。いろいろな話を耳にしても、結局、使用するドライバーは、自分に合うドライバーになります。
栄養素を詰め込んだものがサプリメントということになりますが、それを摂取する人の気持ちは千差万別です。元気を出すぞ、疲労回復させるぞ、ダイエットするぞ、美肌になるぞ、など、いろいろな思いがありますが、その本質は、心の盛り上がり、安心感、励ましを求めるものであり、「自分に合うものがあればいいなあ」というものです。そして、うん蓄を聞く楽しみが伴うのが快感であり、議論し合うのがストレス発散となり、知識を蓄えることが喜びとなり、だから趣味の一環にもなるのと同時に、それを基として成長が生まれるのです。
「特定保健用食品」の許認可商品以外は、「効果を述べるな」などの規制は、「ドライバーで、飛距離が伸びる、と謳うなら、許認可を得よ」と言っているのと同じで、それを表現規制などで禁止しようとしている姿は、ある意味で滑稽でもあります。「許認可を与えた商品を守るために、政府はどんな規制でも厭わない」と国民に思われてしまうことが、政府にとって大きなマイナスイメージになることに気づいていません。
もちろん、摂取すると害になる成分は規制しなければいけません。そして、サプリメントに対して、栄養素効果ではなく、「治療効果」を謳って詐欺商法的なことを行って、被害者が現れているような、悪質な者が現れれば、それを罰しなければいけません。
「ある食品の栄養素成分に関して、その成分には、このような健康効果があると説明したら、それは医薬品ということになり、未承認医薬品としての扱いとなり、薬機法第68条(未承認医薬品の広告禁止)に対する違反行為となる」という政府の主張は、摩訶不思議です。健康管理を指導する最前線診療現場の経験がなく、現場感のない人が、サプリメントの真の目的に気づかずに、行政を操っているようにしか思えないのです。
健康管理指導の現場では、サプリメントは、医薬品処方の対象ではなく、食事指導の一環、健康教育の一環、生活意欲向上の一環として利用されています。診療現場の経験があれば、その差は明確です。政府の立場では、「この栄養素の成分をこれ以上の摂取量にすると毒性があるので、どれくらいの量までにすること」という規制を設ければいいだけです。

栄養素の効果のおかげで、動植物は太古の昔から存続できています。人類は、それに加えて、病気を治療するために薬物を開発し、医薬品を創り上げてきました。経口的に摂取するものには、自然に存在する「栄養素」と、人智で開発した「医薬品」が並立しています。
自然に存在する栄養素を尊重し、栄養素の効果に感謝し、どのようなメカニズムで健康維持・増進・病気の予防に効果を発揮しているかを分析研究し、その成果を啓蒙・教育し、それを学ぼうとするのは人類の自然の日常行為、生業(なりわい)と言えるものです。
そして、栄養素を商品化したもの(サプリメント)は、人類の叡智の一つであり、食生活の偏りや、自己の健康に対する不満、不安を解消させるために、日常生活に溶け込ませて利用されています。そして、その商品が、日常生活に勇気と意欲、励ましを与えます。医薬品に対して感じるような恐怖心(副作用など)をもつ必要がないのがありがたいのです。
そのように自然成長する社会現状の中で、「ある食品の栄養素の効果を述べることは、それが医薬品(薬物)であることを暗示しているので、医薬品(薬物)である、とみなして規制しなければいけない」という政府主導の人為的な流れが生まれています。
わかりやすく話しますと、「あらゆる食品は、三大栄養素を中心とする栄養素でできています。その栄養素の効果効能のおかげで、人類が存続できています。そして、現代ではその栄養素の効果効能を健康維持増進、病気の予防に活かそうと皆が工夫しています。それなのに、その栄養素の効果効能のことを語ったら、その栄養素は薬物ということになり、それを含む加工食品は医薬品としての規制を受ける」ということです。
具体的には、「ニンニクを原料としてさわやかな味わいの顆粒を作りました。食品成分の加工ですから、当然、加工食品です。それを摂取すると、多くの人が、疲労が回復した、体力が増強した、よく眠れた、便秘が改善した、といいました。そこで、販売業者は、このニンニク顆粒を摂取すると、成分の栄養素の効果で、疲労回復、体力増強、良質睡眠、便秘改善がみられる、と話しました。するとその瞬間から、その加工食品として製造された商品が、医薬品に変わってしまうことになる」ということです。製造された最初の時点で、その商品が食品であるか、医薬品であるかは決められていて当然なのです。何かを錯誤している話としか思えません。
さらにひどいのは、そのような効果効能を語る話を、その目的の如何にかかわらず、インターネット上に掲載しているだけで、広告しているものとみなし、規制を受ける、とまで、政府は宣言しています。著しい言論封殺と言えるものです。

その流れの中で強い違和感があるのは、同じ栄養素を語るにあたって、「特定保健用食品」「栄養機能食品」は、効果効能があっても医薬品には当たらないので、規制の対象外にする、という点です。効果があれば医薬品でなくなるという、誰にも理解できない理論を振りかざしています。
政府の許認可活動の一環として、「特定保健用食品」「栄養機能食品」のようなものを作ってしまったから、その許認可取得者を守るために、人体に害を与えない栄養素に関して、表現や言論を統制しなければいけなくなっているのかもしれません。そうであるなら、国民の知る権利が侵されているだけでなく、政府が主導して逼塞した社会、成長を抑制された社会を作っていると言えてしまいます。まさに本末転倒です。「政府の利益のために、憲法を冒して民間産業の発展を妨げている」と語る人も現れることでしょう。
栄養素は日常生活に密着するものですから、自由に提案し、自由に議論し、自由に試しあい、自分に合うものを探索することを喜びとする、そして、新たな発見や新しいものが次々と誕生する、という楽しい社会を形成しなければいけません。
政府の務めは、人体に害を与える成分(質と量)を規制することと、虚偽広告、誇大広告を取り締り、詐欺的な悪質性のある販売者を罰することに絞るべきです。

医師の立場でありながら、一般民衆に溶け込んで健康管理学を築く。そしてその学問に基づいて、健康管理指導を行う。それも実践応用まで指導する。とともに、「全国民の健康、人体、医療に関する知識の向上」をも自己の社会的使命の一つとする。生涯をかけてその活動をしてきた私は、強くそのように思うのです。

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