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月刊メディカルサロン「診断」

巷からの健康管理掲載日2022年10月5日
月刊メディカルサロン10月号

はじめに

アスピリン300mgを一日おきに内服していれば、心筋梗塞の発症率を40%低下させることができるという研究成果に衝撃を受けて、積極的予防医療の診療現場への導入に着手し、健康管理の学問化を志したのが平成4年のことでした。平成10年には、東京新聞の連載上で健康管理の定義づくりをすすめ、
「健康管理とは、90歳を超えても頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行けて、疲れを知らず、意欲高く、見た目の姿は50歳を未来目標として、その実現のために取り組む諸行為のことである」
を設けました。
そして、その定義に基づいて、マジンドールを用いた体重管理指導、プラセンタ医療、成長ホルモンによる気力・体力・容姿の回復医療、身体の中からの美肌づくり、EPA体質とアラキドン酸体質、栄養素品(サプリメント)の診療現場への導入、子供の背を伸ばす医療などを世に送り出してきました。
しかし、それ以前にも民間には、「早寝早起き」「腹八分目」などの「健康に良いこと」の言い伝えがたくさんありました。それらの言い伝えを吟味検討して健康管理学に取り込むのは、当然のことです。
今回は、民間伝承的に「健康に良いと思われていること」のいくつかを取り上げて、雑談風に語ってみたいと思います。

水浴び

「水浴びは健康に良い」という言い伝えがあります。夏の暑い日に水を浴びるのは体温を下げて熱中症を予防する効果があり、納得できます。しかし、歴史ドラマなどを見ていると、冬の寒い日にわざわざ水を浴びている姿を拝見します。そんな必要があるのでしょうか?
これは健康に良いという認識より、むしろ、初志貫徹、何が何でもやり抜く、などの意志をシンボル的に表現するための行為であるように思います。「そのことを実現させようという私の根性を見よ」というタイプのものでしょうか。
とはいえ、冷たい水は冬に健康効果をもたらすこともあります。風呂から上がる直前に膝から下に冷たい水をかけてみてください。全身の汗腺が締まって、熱の放散を妨げることができます。風呂上がりのポカポカ感が長く続き、湯冷めしにくくなります。

ぶら下がり

「ぶら下がり健康法」というのが流行したことがありました。手で頭より上にある何かにつかまり、ぶら下がるだけの方法です。手から足先までまっすぐの状態でぶら下がれるのが理想です。独特の「気持ち良い感」が伴います。
我々の身体は、いつも重力の影響を受けて下に押しつぶそうとする力が働いています。脊椎の間の椎間板や関節の隙間などは、いつも強いプレッシャーを受けているのです。ぶら下がることによって、マイナス圧力にすることはそれらの保護に役立ちそうな気がします。実際に脊椎に対する減圧などは、整形外科領域の治療にも用いられています。
しかし、「ぶら下がり」の何よりの効能は、胸を張って背筋を伸ばした姿勢になることのように思えます。加齢に伴い背骨が曲がって所謂「せむし」といわれる状態になりますので、それに対する防止になったらしめたものです。
背筋をまっすぐにするための健康法には、是非とも取り組んでほしいものです。この点では、ラジオ体操第一が優れています。子供の頃から慣れ親しんできたラジオ体操第一には、背筋を伸ばすことが十分に意識されています。再認識して重宝してほしいものです。

乾布摩擦

子供の頃に強い身体をつくるために、乾布摩擦が推奨されていたような思い出があります。イメージとしては、冬の寒い日によりによって寒いところで上半身裸になり、乾いた布で全身をこするのです。やった思い出がある人もたくさんいることでしょう。
皮膚の直下の毛細血管は、直系6μ(ミクロン)です。その毛細血管の中を直系8μの赤血球が流れています。こすることによって毛細血管は拡張しますので、赤血球が流れやすくなります。だから、その部分の皮膚は紅潮します。皮膚が丈夫になりそうな気がします。
しかし、乾布摩擦は、子供たちに精神力を与えるための手法であるような気がします。寒い中で歯を食いしばって頑張らせるのです。仏教観念にある「苦労した後に至福の何かが訪れる」を教育することが関係しているように思います。「地獄の荒行、そして、乗り越えた先に達人化した自分が存在する」の観念教育です。そういえば、そのタイプの観念教育が最近なされなくなったような気がしますが、日本人的精神の涵養のためには、ある程度必要かもしれません。

うなぎ

もう30年近く前のことです。ある70歳近い男性が、「先生、昨夕うなぎを2匹食べたら、昨夜勃起力が回復しましたよ」と大喜びで語りかけました。当時30歳の私は、「何がそんなに嬉しいのだろう」と思ったものです。しかし、今思えば、そう思った私は未熟でした。男の人生なんて、仕事をガーと頑張るか、女性相手にガーと頑張るかの2つしかありません。それ以外で頑張るとすれば、賭け事や飲酒くらいでしょう。
うなぎを2匹食べたら勃起力が回復したという経験そのものは、医学的には一次的エビデンスといわれます。次のステップでは広範囲に調べて、うなぎを食べたら勃起力が回復したという人が、うなぎを食べた人と食べていない人全体の中でどれくらいいるかを調べます。それが二次的エビデンスです。次にうなぎの成分を投与して、どれくらいの人が勃起するかを調べれば、三次的エビデンスが完成します。
食材に含まれる成分(栄養素)が、健康に具体的なプラス効果を与えることはしばしばです。そういえば、私は動物実験の研究で、ある成分をラットに投与したところ、急にラットが勃起し始めたことがありました。その成分はスッポンに多く含まれています。「スッポンを食べると元気になる」というのは、勃起力のことを指していたのかなあという気がしたものです。
経口摂取するもので「健康に良い」という話になるものは、たくさんあります。黒酢、シジミ、大豆、アマニ油、発酵食品、王子、牛乳、乳酸菌…、数え上げればきりがありません。自分に合うものを見つけてほしいものです。

早寝早起き

「早起きは三文の得」といいます。その標語のために、早寝早起きが健康のためなのか、事業活動のためなのかが不明でした。しかし、近年、時間医学の研究が進み、朝日の網膜刺激が体内時計の調節機能を持つことが知られ、健康のための標語との認識が高まりました。
孫子はその兵法書において、「人の心、朝の気は鋭、昼の気は堕、夜の気は帰」と記載しています。皆が帰心を持っている夜に気張って仕事しても効率は上がらず、朝の鋭の気分の時に仕事をすると効率が上がります。一日の仕事の最大効率を得るには、朝早く起きて午前中に多くの積極的業務をこなし、昼は対応業務に取り組み、夜は食事して早めに寝てしまうのがおすすめです。
私は、朝4時に起きて執筆関連の業務をこなし、10時からは診療を行い、19時に仕事が終わったら早く帰って20時から22時には眠りについています。この生活だと時間の無駄がなく、まさに最大効率性を発揮できているように思います。

散歩、腹八分日、塩分控える、ジム、ヨガ、太極拳、空手、栄養ドリンク、ニンニク、加湿、灸、ハーブ、アロマ、コンドーム、手洗い、うがい、マスク、水泳、ダンス、呼吸法、マッサージ、カイロなど、巷には健康にまつわる用語がたくさんあります。
一つ一つを分析研究するのも、健康管理の学問化の一環です。

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