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月刊メディカルサロン「診断」

「相談」をめぐって掲載日2023年9月29日
月刊メディカルサロン10月号

上司、部下の関係で、「ホウレンソウ」という用語があります。
今回はその中で、民間で普及したクラウドシステムでは取り上げるのが難しい「相談」に関して述べてきます。

解決か共感か

相談をする側は、解決を求めている場合もありますが、単なる共感や励ましを求めている場合もあります。愚痴を聞いてほしいだけということもしばしばです。
女性同士の相談会話を聞いていると、ときどき面白いやり取りが存在します。「私の彼がこんなことをした。とんでもないことなのよ」から始まる相談を聞いているうちに、「そうだね。ひどい男だね」と答えると、「私の彼氏に対してひどい男だなんていわないでよ」と突然に逆上されたりします。これなどは、共感を求めているわけでもなく、励ましを求めているわけでもなく、単に愚痴を言いたいだけで、聞いている方は耳人形に徹するしかなくなります。聞いた方は「自分の彼氏の方がはるかにましだ」というほっとした気分になることもありますし、「アホらしかった」という思いにとらわれることもあります。耳人形に徹してアホらしかったと思うのなら、本当に人形やペット、ロボットでその役割は十分だと思うのですが、本当にそのようなロボットがあるようです。まあ、それらは相談というより、コミュニケーションの一環と位置付けた方がよさそうで、将来的にはAIが活躍しそうです。
コミュニケーションは何かを尋ねることから始まりますが、その内容が相談であるなら、受ける方は、「解決を求めている相談」であるのか、「解決を求めていない相談」であるのかを早めに直感しなければいけません。
解決を求める相談をする立場は、その相談内容を打ち明ける相手を慎重に選んでいます。お金の相談をする時は、お金を持っている人、お金を得る手法を持っている人にしかしません。恋の相談は、自分の悩みと同じような恋の経験をした人にしかしません。
解決を求める相談を受ける立場では、結局は「受け入れて寄り添う」のか、「入り口で突っぱねる」のかのどちらかの選択になります。

コンサルト・ア・ドクター

さて、医師に相談するときのお話をします。「診察を受ける」というのは英語で「コンサルト・ア・ドクター」と言います。つまり、「医師に相談する」ことです。しかも共感を求める相談ではなく、本格的な解決を求める相談です。慎重に相手を選ぶことが当然です。
その相談に応じるにあたって、日本のほぼすべての医師は、健康保険制度の枠内の医療を用いています。健康保険制度の医療遂行マニュアルに沿って、相談に応じていくのです。このマニュアルは、ほぼ形式が定まっており、医師の心髄に浸透しています。
私はその昔、大学病院で内科外来を担当していました。患者を診察しながら、健康保険のマニュアルを頭に思い浮かべ、それに沿って対応していくのです。相談してくる患者をそのマニュアルの中にはめ込んで、診察を進めていきます。マニュアルの遂行途上で、そのマニュアルにはまらない望みを患者が相談してきた時はどのように対応するべきなのでしょうか?

たとえば、乳ガンが発見されたとします。昭和末期から平成の初期の頃までは、小さい乳ガンでも治療マニュアル的には乳房切断術が当たり前でした。片方の乳房を丸ごと取り除き、さらに脇の下のリンパ節を取り除くのです。患者が「そんなのは嫌です」と言っても、医師側は「それ以外の治療はありません」と応えていました。つまり、望み・要求=相談の入り口で突っぱねていたのです。患者はその治療を受け入れるか、病院から逃げ出すかのどちらかの選択しかありませんでした。平成の初期の頃までは、健康保険の枠外の相談は突っぱねるというのが医師の基本姿勢でした。
そんな中で、患者の相談を受け入れ、患者の望みに寄り添って乳房を温存してあげるべきだと考え、「腫瘤核出手術(腫瘍の部分だけを取り除く)+放射線療法」を推奨した医師がいました。その医師は勇気をもってその治療を遂行し、今では乳房温存治療は当たり前の選択になっています。「患者に寄り添う」という姿勢が、乳ガンに対して乳房を温存する治療方法へとつながったのです。しかしその医師は、当時、医学界では異端児扱いされてしまいました。
「患者の望みに寄り添う」という医療を提唱し、遂行した医師が異端児扱いされたのですから、当時の医療社会は健康保険制度のマニュアルが絶対で、それからはみ出す要求は一切受け入れない、という姿勢に徹底していたことが容易に想像できます。

マニュアル外の相談に応じたい

私も外来を担当しているときに、マニュアル外の要求を受けることがときどきありました。しかし、大学病院の外来では、それを受け入れる時間的余裕はありません。サッサとマニュアルを正確に遂行していかなければいけないのです。
マニュアル外の相談に応じるということは、患者の望みをじっくりと聞き出して、医師が身に着けた医療、医学を再編成して提案し、実行することを意味します。診療現場を効率よく遂行しなければいけない医師にとって、非常に面倒なことですが、私はそこに強い関心を持ちました。一人ひとりの患者に応じて、医師が身に着けた医療医学をオーダーメイド型に再編成して提供することができたら素晴らしいな、と腹の底で思っていたものです。
そこで、大学の内科外来でその医療提供を試してみました。そしてすぐに悟りました。「これを実行するためには、患者側に健康、人体、医療に関してある程度の知識がなければだめだ」と。その時、私は患者側の知識不足を嘆き、健康教育を推進しなければいけないと悟ったのです。一方では、「私は人々の感謝を得たい。感謝を得るためにはその人のために苦労しなければいけない。健康保険医療の遂行はマニュアル遂行なので、苦労してあげている気分にならない」という思いもありました。

相談に応じる姿勢が新しい医療スタイルの土台に

そんなことを考えている矢先に、「アスピリンの衝撃」が発生しました。アメリカでの5年間の調査結果で、アスピリンを内服している人は心筋梗塞の発症率が約40%低下していたという研究調査の結果です。その論文を読んだ瞬間に「積極的予防医療」の概念に目覚めました。「病気になった患者を迎えて治療するのが通常の医療。それに対して、病気でない人病気にならないように指導する積極的な取り組みにより、病気になる確率をとことん下げていく医療が存在する。それを研究して実践していこう」という覚醒です。
プライベートドクターシステムは、「積極的予防医療の活用」をテーマとして旗揚げしましたが、同時に、「医師と会員の豊富なコミュニケーション」を謳っていました。創業超初期は、「積極的予防医療」にピンと来てくれる人はいませんでした。病院での治療に不満を持っている人に対して、「豊富なコミュニケーションの中で、提供する医療をオーダーメイド型に作り替える」つまり、「患者に寄り添って相談を受け入れて、医師側が身につけた医療、医学を再編成して提案する」という取り組みで、来院者の支持を得てスタートできたのがその実情なのです。

積極的予防医療の研究をどんどん進めて、マジンドールダイエット、プラセンタ医療、成長ホルモン医療、サプリメント導入医療を生み出したのは、その後の話になります。「相談に応じる姿勢」が、新しい医療スタイルを切り開く土台となったのです。厚労省や他の医学団体からは、さぞかし異端児扱いされていたことでしょう。しかし、その姿勢なら、健康保険を扱わない自由診療でもやっていけるということが実証され、平成中~後期に設けられた新研修医制度、新医療法には、私の創業時の姿勢がそのまま盛り込まれています。

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