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月刊メディカルサロン「診断」

グルメの楽しみ月刊メディカルサロン1998年4月号

「大好きなあわびの刺身を食べると歯の奥が痛くてかみきれなくなった」「入れ歯の奥歯で、にゃんにゃんと押しつぶして後はごくんと飲み込むだけの感じなのですよ」「義歯が合わなくて痛いんですよ」

慶応病院で診療にあたっていた平成2~4年頃の私は、患者のそんな話にはほとんど耳を貸しませんでした。「勝手に歯科にでも行って下さい」という気持ちで相手していたものです。私だけでなく、ほとんどの医師が同じ気持ちだったと思います。
我々医師の使命は病気を治すこと、すなわち入院患者や外来患者の病気を治療することと思いこんでおり、患者の食の不興など我々の担当分野でないと考えていました。今思い起こしてみると、この頃の私は、医師の使命は「患者の命を存続させること」と信じ込んでいたのでしょう。

「治療」を最重要テーマとする現代医療から一歩離れて「健康管理」をテーマにするようになった平成4~5年頃からは、「快適な生活を送る」ことも重要な問題であると考えるようになりました。つまり、皆さんが日常から健康管理に取り組む目的は「命を長く存続させること」と「快適な生活を送る」の2つであると定めるようになったのです。
「仕事そのものが快適にできる」ということが一番重要ですが、仕事から離れたときの「快適な生活」の中では「性生活の楽しみ」と「食べる楽しみ」「ゲーム性のあるスポーツの楽しみ」の3つが重視されてくるようです。

今回は食べる楽しみに焦点をあててみましょう。食べる楽しみを生涯続けるためには、歯が丈夫でなければなりません。歯の健康を守ることが一番重要な課題になります。
いうまでもなく、歯に一切の支障が起こらないような方法を考えるのが重要です。それは「グルメの楽しみいつまでも」で連載しています。歯に問題が起こらないように日頃から取り組むことは忘れないで下さい。
しかし、もし歯が痛んだときなどは、どうしましょうか。とりあえず歯科医を訪ねることになるでしょう。どこの歯科医に行きますか。近所にしますか。知人のすすめるところにしますか。「生涯の食べる楽しみ」に影響を与えるのですから、あなたが訪れることになる歯科医の医師としての技術が重大問題になってきます。あなたが頼りにすることになるその医師の技術は日本でもっとも優れた技術なのでしょうか。自己満足的技術なのでしょうか。その技術に関する情報は何をあてにしたらいいのでしょうか。
医療法により、歯科医の技術などに関する宣伝広告は一切禁止されています。しかも歯科医どうしで「歯科医の◯◯さんの腕は私よりいいですよ」なんて話をするはずがありません。したがって、この技術力を評価するのが実に難しいのです。したがって、どの人も最も優れた技術の治療を受けたいと願っているのですが、たまたま訪れた歯科医を盲目的に信じざるを得なくなっているのが現実です。私はこの現状を憂えています。
健康管理指導をテーマとしている私には「先生、どなたかいい歯科医の先生を知りませんか」という質問が集まります。そんなとき私は知人の歯科医の中でも人格者として素晴らしいと認めている歯科医の先生を紹介することにしています。すると「素晴らしい先生を紹介していただいてありがとうございました」と感謝してもらうことができます。そのような人格者としても素晴らしい歯科医の先生には、特にお願いして、この会報誌Alla Salute※に協賛していただき、「グルメの楽しみいつまでも」の企画、編集、執筆にあたっていただいております。協賛して下さっている先生と話し合うとすぐわかると思いますが「自分が担当することになった患者には、グルメの楽しみをいつまでも味わっていただこう」という強い使命感を持っておられます。

24歳のときに近所の小さいフランス料理店のシェフから「三重県の的矢に行って食べるカキは美味しいよ。東京では一流ホテルのフランス料理店で的矢ガキは使われているけど、現地で食べるカキは東京に輸送されたカキとはまったく別物と思っていいよ。カキは輸送中揺られて味が落ちるんだから」という話を聞いて、実際に的矢を訪ねました。そこで食べたカキの美味しかったこと。その後も毎年冬には的矢を訪ねています。
29歳のときにプライベートドクターシステム会員の重吉さんに連れられた茨城県鹿島で食べたハマグリの美味しかったこと。今まで東京や大阪の料理屋で出されたハマグリは本当にハマグリだったのだろうかと疑う始末です。
最近、会員の加藤久策さんから城下カレイの話を聞きました。それを食べに九州まで行きたくて仕方ありません(会員の皆さん、一緒に行きましょう)。

日頃、1日の食べる総量を重視して体重管理の必要性を説いている私でさえ、やはりグルメは楽しいのです。食べる楽しみだけは失いたくありません。

※「Alla Salute」は2000年10月号より「月刊メディカルサロン」に誌名変更しました。

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