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月刊メディカルサロン「診断」

世界を舞台に活躍する日本人の健康支援月刊メディカルサロン1999年1月号

バブル経済の崩壊で日本は多くのものを失ったと言われています。確かに金銭面の喪失だけでなく、意欲、自信、覇気なども含め、失ったものは甚大です。ところが最近、日本は一番大切なものを失っていない、ということに私は気がつきました。

失っていないもの、それは…経営ノウハウです。起業から繁栄、凋落までを皆が経験し、そのノウハウが頭の中に残っているのです。日本には経営のベテランが大勢いるのです。今後の日本民族がさらなる発展を目指してとるべき道は、このノウハウをどこで活用するかを模索することから始まります。日本国は国体の円熟が過ぎ、いくつかの方面で慢性疾患の末期状態を呈しています。ここは世界に目を転じることにしたいものです。

「文句を言いながら会社に居座るな。我が社は怠け者を養成してるんじゃない。文句があるなら辞めてしまえ」と叫ぶ社長さんが大勢います。バブル崩壊後の日本の国体にクレームを付ける人が多いようですが、それと同じように考えてください。文句を言いながら日本に居座る必要はありません。日本に不満があるのなら、日本から飛び出してしまえばいいのです。我々日本人が長年の経験で身につけたものを世界に飛び出して活用することを考えていきましょう。

世界を舞台に活躍する日本人の健康支援

「海外に飛び出す」をテーマとしたときに、私達がイメージする障壁が4つあります。言語障壁、距離障壁、通信障壁、健康障壁です。

言葉が通じないという不安は大きいでしょう。しかし、現実には英会話ができないのに海外へ移住し大成功を遂げた人を私は大勢知っています。英会話学習が進歩し、また海外に日本語が少しずつ浸透していくので、この障壁は少しずつ改善されています。

遠いというのは厳しい障壁です。飛行機での長時間の移動など、距離を乗り越える体力が必要です。しかし、距離の遠さが障壁として実感されるのは、移動コストの問題です。かつてアメリカに往復するだけで莫大な費用が必要でした。ところが、最近では航空券が廉価に入手できるようになってきました。距離障壁も改善途上といえましょう。

メディカルサロンの会員でつくったバングラデシュのシャトキラ県にある水産加工物の冷凍加工工場は、去年まで日本と電話で連絡をとることさえ不可能でした。今では衛星電話の技術が進歩し即時連絡をとることが可能になりました。インターネットの普及により、また回線の技術向上により、先進諸国には自分の動画像でさえも低コストで瞬時に送ることができています。通信障壁の改善はまさに日進月歩で、コスト面の障壁を残すだけで、技術的な障壁は消失していると言ってもいいでしょう。

海外に行くには健康に自信がなければいけません。健康不安を抱えて見知らぬ土地に行くのはすすめられません。また、現地での医療事情にも不安を感じます。低開発国の注射針を信用していいかさえ疑問です。「日本にさえいたら死ななかったのに」という急病など山ほどあります。この健康障壁の改善は進歩しているのでしょうか。日本への病人搬送システムや現地病院紹介システムなどを事業化している会社があるようですが、実質的な改善策になっているようには思えません。進歩したといえば、海外で病気になったときの保険ぐらいです。

4つの障壁の中では、健康障壁を打開する手だてだけが遅々として進んでいないといえましょう。

メディカルサロンの会員でも、海外滞在が長かった人のからだのデータはあまり良くないようです。海外での生活は平均寿命を下げる方向に作用するのでしょう。独特の緊張感のためか、食生活のためかはよくわかりません。そういえば、海外生活が長かったと語る高齢の元気なお年寄りにであったことがありません。海外生活には日本人の健康をむしばむ何かがあるようです。有名なデータの1つとして、アメリカ西海岸に移住した日本人には大腸ガンが多発しているというのがあります。

世界の医療事情を思い浮かべてください。日本人医師が海外に飛び出して医療行為を行うということに対して、どのようなイメージを持ちますか。

アメリカ人の医師が日本に来て医院を開業できないのと同じように、日本人の医師が海外に行って開業することはできないと言われています。しかし、言われているだけでその法律を私の目で確認したわけではありません。政府と交渉すれば届出一枚で、医院の開設が可能になるのかも知れないのです。誰もトライしていないので実状がわかりません。そのような仕事は外務省や厚生省に任せてなんとかなる問題ではないでしょう。

それを調査し、交渉にあたることはメディカルサロンの重要な役割ではないでしょうか。また、日本人が健康面で安心して海外に向かえるための仕組みを考え、組み立てることもメディカルサロンの役割であるように思います。

このように考えて、今後の10年間、私が死力を尽くして取り組む使命と考えます。海外に滞在する日本人が健康面で一切不自由を感じない仕組みを築き上げることです。

そのために、まずは私自身が海外に飛び出します。私がやらなければ、永遠に成し遂げる人が現れないかも知れません。海外で日本人向けの医療のあっと驚く仕組みを10年間で組み立てて、私は日本に戻ってきます。

あっ、メディカルサロンの会員の皆さん、1年の半分ぐらいは日本にいますし、電話でいつでも連絡が取れる仕組みは変わりませんので、どうかご心配なさらないでください。

会員の方から「事業がちょっと成功した、順調になったと思って10年ほど手を抜いて遊んでしまった。今思えば、あの10年が悔やまれる」という述悔を聞くことがときどきあります。私は手を抜くこと、遊ぶことを望みません。さらなる至難を求めて新年を迎えるつもりです。

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