HOME > エッセイ集 > 勝ち組と負け組、究極の勝利

月刊メディカルサロン「診断」

勝ち組と負け組、究極の勝利月刊メディカルサロン1999年11月号

企業の合併統合が著しくなっています。と同時に、「○○は勝ち組、○○は負け組、○○は一人勝ち」など、世間では勝ち組、負け組の議論が流行っています。議論の定着に伴い、勝ち負けがゲームやスポーツだけの世界ではなく、身のまわりや人生設計のなかで当たり前のように意識されるものになってきたように思います。

バブル経済崩壊後の後片付けもようやく最終段階になってきたのでしょうか。住友銀行とさくら銀行の合併など、常識を超えていると思える決断を当事者どうしが下すケースが見られるようになってきました。

小学校、中学校では次のように学んだ覚えがあります。

「飽和市場、円熟経済崩壊後の混乱経済下では、組織どうしの統合再編制が進行する。そして、混乱経済を乗りきった先に寡占市場の時代がくる」

歴史は繰り返すといいますが、やはり幼少時に学んだとおりに、寡占市場、独占経済の道へと歩んでいくのでしょうか。

戦後復興期から高度経済成長の時代は、国全体が成長していたので、明確な勝ち負けの存在はあまり意識されませんでした。お互い励まし合いともに成長するというスタンスが潜んでいたように思います。ここにきて飽和市場となり、一定の量を奪い合う時代になったので、勝ち負けに分かれるようになったのでしょう。

勝ち負けは何も企業間だけの問題ではありません。日常生活のそこらじゅうに勝ち負けが存在しています。

会社の社員を例に挙げてみましょう。入社後1年、2年、3年と経るごとに勝ち組と負け組に分かれていきます。よく勉強し、成績を着実に上げ、信用を高め、進んで仕事をこなし、自ら成長する人は、勝ち組として、会社内の主流になっていきます。

勉強不足、怠慢、不信用、不熱心、不成長、低業績を重ねた人は負け組に配されます。負け組の社員は、会社への不平、不満を語り、文句ばかり言っています。文句を言いながら会社に居座っているのが特徴です。それは、誇りある人間のすることではありません。しかし、その誇りが欠けているから負け組になったのも事実です。

これまでは横並びを肯定する日本社会の特徴から、負け組の人でも、会社に居座ることが許容されていました。しかし、時代は変わり、そのような社員の存在が会社を危うくするようになるにいたって、リストラという名の社員減らしが始まった、という風に現代社会を解釈することもできるでしょう。

今の日本は勝ち組と負け組に分かれていく、いわゆる本当の競争社会に突入したといえるかもしれません。そのことを認識して今後の生活を考えていきましょう。

怠け者や成長できない者が受け入れられる時代ではなくなってきました。厳しい時代になったように思えますが、そのおかげで、横並びのなかではぐくまれた怠慢精神が消え去ることが予想され、日本国民の精鋭化が期待されます。

一方、勝ち組には勝ち組でさらに激しい戦いがまっています。欲のとどまるところを知らない、選りすぐられた人間どうしでの勝ち負けの戦いが展開されていくことになるのですから。さらに頭脳を鍛え、体を鍛え、隙を見せず、油断せず、身を引き締めて日常の戦いに明け暮れねばならないでしょう。

勝ち負けを意識せざるを得ない国勢になったことは、みんな仲良く横並び時代に培われた心の贅肉をそぎおとすにはちょうどいいかもしれません。

「俺は、人生の勝ち組だ。事業もうまくいったし、財産も蓄えた」と高々に語っている人がいます。そのような人は最後に大きな勝ち負け道があることに気づいてください。寿命の勝ち負け、体調の勝ち負けです。

「90歳を超えても頭脳明晰で自分の足でどこにでも行ける。しかも若々しく覇気あふれる容姿」それを獲得できる勝利者になってこそ、人生の最後の勝利者、究極の勝利者といえるのではないでしょうか。その勝利者になれるようにお手伝いすることがメディカルサロンの本義です。

メディカルサロンのプライベートドクターシステムの会員は、今の激しい世の中での勝利者であり、さらに人生究極の勝利をつかもうと発起している人達です。そのような人達が大勢集まってくれていることに、私は大きな誇りを感じています。

エッセイ一覧に戻る