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月刊メディカルサロン「診断」

頑固と柔軟月刊メディカルサロン2000年11月号

私たちの一人一人が生まれたとき、すでに身の回りには人間社会が成立し、その中にあたり前のように常識が存在しています。太陽は東から昇るという常識、親が子供を育てるという常識、貨幣が流通しているという常識、土地には所有者がいるという常識、日本では米を主食とする常識、愛は誓いあうものだという常識、お腹がすいたら食べたくなるという常識、1人でいると寂しくなるという常識、技術者は執着気質であるという常識、子供は泣くものだという常識・・・。

その常識を見て私たちは育ちます。成長していく過程で、その常識が私たちと一体化し、血となり肉となってからだの隅々に溶け込んでいきます。その結果、知的判断をする限り、常識からは抜け出せない自分へと育ちます。

頑固者という単語があります。かたくなで、なかなか自分の態度や考えを改めようとしない人のことを言います。一般には、日本人の平均レベルと比較して極端に頑固なときに「あの人は頑固者だ」と表現されているようです。

「私は頑固者ではない」と大半の人は思っています。しかし、本来、頑固者かどうかは相対的な問題です。ある人とある人を比べたときにどちらがより頑固かという問題に帰結します。「頑固な思考」の反意語は、「柔軟の思考」といえるのでしょう。

あなたの思考が頑固なのか、柔軟なのかについて判定してみましょう。冒頭に述べた常識をどう思いますか。その常識がやはりあたりまえであると思うならば、頑固者の領域を抜け出ていないと思います。いや、厳密には著者である私より頑固であるというべきかも知れません。

私は歴史を振り返るのが大好きですが、私の視野の範囲では日本史上、もっとも柔軟な思考に富んでいたのは、やはり織田信長のように思えます。第2位は源義経かもしれません。

ところが世間の風評は違っています。織田信長には比叡山焼き討ち、伊勢長島一向一揆の皆殺しなどの「強行突破」的行為が目立ち、また義経にも「ひよどり越え」などの強行突破的行為が目立ちます。その点からか、この二人には頑固者的イメージを持つ人も少なくありません。

織田信長にとっては、逆に同時代のすべての人たちが頑固者だったのでしょう。「強行突破」的行為は、世の人々の頑固さに対する挑戦行為とみれば簡単に理解できます。義経も同じです。挑戦行為は頑固さから生まれるのではなく、意志の強さから生まれるのです。

信長の時代の人たちは、信長を頑固であると勘違いしていたことでしょう。しかし、後の世になってからは柔軟性の現れと表されてしかるべきです。信長は地球儀を見せられて「地球が丸い」を瞬時に理解し、受け入れたそうですが、その柔軟さの究極には驚かされます。

「朝食は食べなければいけない」という常識があります。私の著作の「朝だけダイエット」は、その頑固さに柔軟的修正を加えています。だからかどうかはわかりませんが、ほぼすべての書店でベストセラーの1位を記録し、しかも意外なことにロングセラーの様相を呈してきています。

先日、自他ともに織田信長の時代の歴史評論家が「朝食は食べるものだ」と頑固に語っていました。その瞬間、その人の過去のすべての業績が、私には色あせたものに感じられました。その頑固な人に織田信長を評論することは不可能でしょう。

突然ですが、実年離婚や不倫などが流行して変貌してきた夫婦生活に視点を向けてみましょう。これからの時代のライフスタイルでは、「家庭生活を築くためには、夫婦が成立していなければいけない」という常識に対する頑固さと柔軟さの戦いが起こるような予感がします。

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