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月刊メディカルサロン「診断」

主導権月刊メディカルサロン2001年1月号

「医療は患者が中心だ」と叫ぶ○○大学教授と肩書きついた高名な医師が多いようです。高名になる過程では、とても患者中心の医療を展開してきたとは思えない医師ほど、そのように叫ぶ傾向が強いようです。あたかも、弱者を苦しめて金儲けに執心し、ある程度の成功を収めた人ほど最後に名声を欲しがる姿に似ています。絶叫する高名医師に、患者中心の医療とはどのようなものか、わかっているのでしょうか。

「インフォームドコンセント」という用語が用いられるようになってずいぶんと月日がたちました。単純に意味説明すると「説明と同意」になります。「医療提供側はどのような治療を行うかをしっかりと説明する。そして同意を得た上で治療を展開していく」という内容を示しています。インフォームドコンセントをきっちりと行うことが、患者中心の医療を展開する上で重要だと医学界では思い込まれているようです。私はそんな単純なものとは思っていません。

インフォームドコンセントは、「薬漬け」「検査漬け」「説明不足」「ガン告知」「3時間待ちの3分診療」などの医療体制のあり方をマスコミに非難されて、突き上げられる形式で医学界が受け入れたものです。いわば、イソップ物語の「太陽と北風君」における北風に屈したものにほかなりません。医学界の内部から自然発生的に必要性が生じて誕生したものではないのです。そのようなものに希望を見出そうとしている姿に私は滑稽さを感じます。

患者を中心にする医療とは、患者が主導権を持つ医療ということです。主導権確保にもっとも必要なものは何でしょうか。いうまでもなく情報です。患者の情報は、どこに集結されているのでしょうか。患者のカルテです。そのカルテは誰が握っているのでしょうか。医療スタッフです。主導権確保の源泉を医師がしっかりと握っているのに、「患者中心の医療が大切だ」と叫ぶ姿が滑稽なのです。カルテ開示には、その高名医師たちはいまだに反対しています。そういうのを反面教師と申します。人気稼ぎ、点数稼ぎ、非難分散のためのリップサービスが「医療は患者が中心だ」と叫ぶことであり、その表象的用語として「インフォームドコンセント」という語が造られ、それでとりあえずマスコミ、患者の全員が納得しています。やはり私には滑稽に思えるのです。

「医療社会の構造改革の実現」は私が掲げた旗印の一つです。革命やクーデターは主権者が変わることを意味します。構造改革というのは主導権保有者の変更を意味します。その点が理解できれば、政府が掲げる「行政改革」の茶番性に気がつきます。

私が掲げた旗印は決して大袈裟なものではありません。政治的手法や強引な手法など用いなくても、実現していく方法なんていくらでもあるのです。つまり北風君手法を用いなくても、太陽となって医学界構成員の一人一人にみずから主導権を明渡したいと言わさせればいいのです。
私は評論家ではなく、理想に向かってあらゆることを具現化していく実行者です。主導権を医師から患者に移動させる急所のポイントがわかります。

時は来ました。この21世紀の幕開けに、世間が仰天するような主導権移転の手法を実行に移します。もちろん、医学界の諸兄に主導権を患者に移しなさいと忠告するような単純な手はつかいません。また、マスコミと一体になって騒ぎ立てるような幼稚な手もつかいません。

医学界がみずから、自然発生的に主導権を患者に渡していかざるを得なくなる何かを行動します。21世紀もメディカルサロンはアクティブです。楽しみにしていてください。

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