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月刊メディカルサロン「診断」

プライド月刊メディカルサロン2002年4月号

自分の生き様と社会との関係

先日、自動車販売会社に勤める30歳ほどの女性と話をしました。

「そろそろ会社を辞めようと思っているのです」
「やめてどうする予定ですか」
「失業給付を受けられるので、しばらくのんびり過ごします」

このような会話について、皆さんはどう思いますか。

たしかに、失業保険というものが存在し、失業者に対して生活保護の観点から失業給付が手当てされます。さらに聞いてみると、この女性はどこかの会社で失業給付の資格を得るまで働いては退職して、その後失業給付を受け取り、給付の期間が終わったら次の就職を探すということを繰り返しています。失業保険とは、そのような生き様を支援するために存在しているのでしょうか?その女性とさらに会話を続けると、「世の中のあれはいけない、それは問題だ。○○の事件は、ああだこうだ」と実に達者にしゃべります。なかなかの批評家です。

真にあるまじきことは?

失業保険というものが存在するのだから、彼女のようにその制度を逆手にとって利用するという方法はたしかに可能です。しかし、それを知っていても、あえて悪用しないのが、人間のプライドというものではないでしょうか。

あるテレビ番組の収録現場で、エキストラ出演の16歳の女の子が、私に語りかけました。「風邪をひいて昨日病院に行ったら、こんなにたくさんの薬をもらったのです」取り出した薬はなんと8種類です。私が診察するかぎり、ただの風邪です。1種類か2種類の薬で十分でしょう。それなのに・・・。8種類の中には、現時点でもっとも高額といえる新種の抗生物質が混じっていました。きっと昨日受診した病院のカルテには、「肺炎」とでも記されているのでしょう。担当した医師が「この患者は肺炎だったことにしよう。そうすれば大量の薬を投薬して、大きな売上を確保することができる」とたくらめば、簡単に実行できてしまいます。

詐取的利益を拒むプライド

今の保険医療制度は、医師の診察により病名を定め、その病名に基づいて投薬する薬の範囲が定められています。「でっちあげ」で、重い病気であることにしたり、○○病の疑いがあることにしたりすれば、大量の薬を投薬し、莫大な売上を確保するのは容易です。しかし、そんなことをしていていいのでしょうか。すべての医師がそんなことをしている筈はないですが、少なくとも16歳の女の子が昨日受診した病院は、そのようにしているのです。

「たしかに、保険医療制度を逆手にとれば、いくらでも稼ぐことができる。しかし、医療費が国民の生活を圧迫していることを考え、最小のコストで治療できるように努力する」というのが医師としてのプライドではないでしょうか。カルテ開示に医師会が反対する本当の理由が見えるような気がします。

人が見ていないから、やってもいいだろう、と思うことにもプライドは存在しません。「やろうと思えば、できる。しかし、人道、ポリシーを守り、決してそのようなことには手を出さない」という姿勢を貫くことがプライドというものではないでしょうか。政治献金の制度を利用して、悪巧みを実行することなど、政治家にとってはたやすいことでしょう。しかし、あえてそのようなことを行わないのがプライドというものです。鈴木宗男氏は、けたたましくしゃべり狂うのが得意のようですが、その一連の行為にプライドというものがまるで感じられません。

社会の規範たる仕事をしている人達がまっさきにプライドを失っているのですから、冒頭の女性を責めるわけにはいきません。どの話も公金詐取的な話であることが悲しいです。人としてのプライドを放棄し、目先の詐取的利益ばかりを追いかける人生を送っている人が増えているように思えますが、私の錯覚でしょうか?

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