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患者と医療機関従事者(医師、看護師、事務員、その他)とが接する現場の改革

4.医師の出不精をなくす

メディカルサロンを創業した平成4年といえば、高齢化社会の到来が予測され、何か国家的対策を要求されている頃でした。
保健医療や介護保険など、高齢者社会を支える原資をどうするかなどの国家的課題がテーマになり始めていました。当時、私は一医師の立場として、高齢化社会を迎えるにあたり「医師の心構え」として何が必要かを考えていました。

その結論として、「医師の出不精をなくす」に行き着きました。

当時は、若手の勤務医が労働組合を結成しようとするなど、医師が労働者階級的意識を持ち始めた時代でもありました。その数年前までは「医師は24時間365日体制で仕事するのが当たり前。研修医は入院患者が朝食をとる前の朝7時には病院に出勤し、患者が寝静まった後、整理を終える夜11時まで仕事するのも当たり前、ポケットベルで深夜に呼び出されるのも当たり前」という心構えで若手医師が育成されていました。

その心構えで患者のために猛烈に尽くすから、医師は高いステータスを与えられていました。しかし、平成4年のころは、医師が一般労働者的権利を主張するようになり始めたのです。臨時的に診療することを面倒に思い診療そのものを拒否する、という風潮も蔓延し始めていました。

救急隊から患者搬送の連絡があっても、何かちょっとした理由を見つけて断るという風潮です。ひどい理由として、「今夜は救急当番の日なので、ベッドを1つ空けておかなければいけません。まだ夕方であるこの時間はその搬送患者を受けるわけにはいきません」という断り方までありました。「他の患者の診療中です」という断り方などは日常茶飯事です。すぐに診療が終わる軽症患者の診療中にすぎなくても、「他の患者の診療中です」という理由で、とにかく断ろうとする本能が蔓延し始めていました。

そんな中で、未来を見越して医師の心構えのあり方を「診療を求める人がいるならどこにでも出かけていく。医療機関の中に閉じこもっていてはいけない」にするべきである、と私は宣言しました。
そのことは初めての著作『一億人の新健康管理バイブル』(講談社刊)で述べています。医療機関内で診療依頼を受けるか拒否するかを題材にすると、低レベルの話で頭打ちになってしまいます。そこで、さらに一歩先にすすんで、医療機関内で待ち受けるだけでなく、「出不精を何とかして、医療機関の外に出かけてでも患者の元に行こう」に位置づけたのです。

平成5-6年ごろからは、東京で四谷メディカルサロンを構える私の診療を希望してくれる人が大阪で多く現れました。私が大阪出身だからでしょう。私は大阪の知人のオフィスに転送電話を設置し、診療予約を定め、たくさんの診療道具を持参してはるばる往診するようにしました。大変な苦労ですが、自己の信条の具現化に責任を持ったのです。この往診活動が、のちの大阪メディカルサロンはじめ、各地のメディカルサロン開設につながりました。

今年初め、NHKは、当時の私の大阪への往診活動を「診療所の届出もしないで診療していた」と報道していました。このような児戯的解釈には呆れるばかりです。
今年初めに診療拠点である全国各地のメディカルサロンは閉鎖せざるを得なくなりました。しかし、「診療を求められたらどこにでも出かけていく」という気持ちは今も変わっていません。

プライベートドクターシステムの会員が、自宅で介護が必要な状態になったとき、その場に頻繁に往診して医師としての最終責任を果たしていく、という心構えを失うことは決してありません。行政サイドが、私の築く医療にどのようにクレームをつけてきても、医療社会を改善、進歩させるために自分の生涯を捧げていくという思いは変わるはずはありません。

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