月刊メディカルサロン「診断」
健康保険制度(後編)掲載日2025年5月30日
月刊メディカルサロン6月号
医療本体費
診療現場における医療サービスは内容ごとに、大胆に分割し、費用を3系統に分けることができます。
医師の仕事は、何かの病的状態を訴える人(患者)に対して、「診察して病名を予想する」「検査で病名を確定させる」「治療の方法を考える」「その治療を実行する」「治療の成果を確認する」の段階で成り立っています。
「診察して病名を予想する」「治療の方法を考える」「治療の成果を確認する」は、まさに医師の知能による仕事です。検査結果を分析するのも医師の知能の仕事です。「その治療を実行する」において、それが手術であるなら、手術を行う医師の手を使った仕事であり、医薬品を投与するなら、医薬品の種類や組み合わせを考える医師の知能の仕事です。食事指導や運動指導などの「指導する」という治療もありますが、これはまさに医師の知能の仕事です。この知能の仕事は医師の指導下で、管理栄養士らに代行させることもしばしばです。リハビリを行うのなら、その計画を立てるのも医師の知能の仕事です。リハビリの実行は、理学療法士や作業療法士らに代行させることもしばしばです。
すべてに医師の知能とそれを補助してくれる看護師の仕事、代行してくれる〇〇士らの仕事が関与しており、それが医療本体になります。これらは医師とその指導下で担当する者の知能や労力の仕事になり、設備投資(リハビリ機器等)や仕入れは極少ですので、それらだけなら小さな開業医院でも実施することができます。
これらは医療サービスをなす本体であり、「医療本体」となり、それに要する費用は「医療本体費」となりますが、その費用を言い換えると、「知能技量労力費」ということになります。
検査医療費
一方、その医師が患者に対して検査(CT、MRIなど)を実施するとします。検査は、大手のメーカーから購入、あるいはリースした検査設備を使って、検査技師や放射線技師らが実行してくれます。患者にとって必要な検査を考えて、その検査を依頼することや検査結果を分析するのは医師の知能の仕事になりますが、検査の実行には設備投資と人件費とメンテナンス費用が必要になります。
内視鏡検査やカテーテル検査を実行するときも、高額の検査機器を購入した上でそのメンテナンス費用が掛かります。検査のための特別な部屋も必要で、その部屋には放射線の設備が必要になることもしばしばです。
単純な採血検査でも、採血する医療者の労力以外に、結果を出すための検査機器を自院内で揃えるなら設備投資が必要ですし、外注する場合は外注費が必要になります。
つまり、知能や労力だけでは済まない費用、つまり検査設備の購入とそのメンテナンス費用、放射線技師らへの人件費がかかるのです。このように検査に関連した費用は、「検査医療費」となります。
医薬品医療費
医療機関内で知能や労力で済まない費用と言えば、その代表格は医薬品費です。医薬品はメーカーである製薬会社が製造し、仲卸を経て医療機関(処方せん薬局含む)に届けられます。そして、その医薬品は、医師の知能労働である処方せんに基づいて、薬剤師の労力を経て患者に手渡されます。
院内で行う注射や点滴も同様です。医師の処方せんに基づいて、看護師や薬剤師が医薬品を調剤し、それを医師、または看護師の労力により患者に投与されます。
この薬には一つの特徴があります。新開発の薬は高額になりますが、患者への有用性が高いために長い歴史を持つことになった薬は安価になるという特徴です。良いものが安くなる、という特徴があるのです。そして、高額の医薬品ほど、医師が処方したがるという特徴もあります。これには新薬の効果を試してみたいという医師の本能や、新薬の存在を医師の耳元に盛んに吹き込む製薬会社の営業員の活動が背景にあります。
医師や看護師、薬剤師らの知能、労力だけでは済まない「医薬品仕入れ」という費用系統がかかるのです。この費用を「医薬品医療費」と名付けます。
入院療養費
以上、診療現場の医療サービスを大胆に3つに分類し、それぞれに要する費用を「医療本体費」「検査医療費」「医薬品医療費」と名付けましたが、それ以外に診療現場には「入院」という医療サービスがあります。これは宿泊施設の提供を兼ねます。ホテルや旅館などとは異なり、医師、看護師、その他の医療従事者を揃えて、24時間体制での医療サービス、看護サービスの提供が関与します。そして、入院施設(大部屋、個室、その他の設備、付属消耗品など)の提供には医師の知能と関係ないところにコストがかかっています。
入院設備を持つことには莫大な費用が掛かりますので、入院医療費を軽く見てはいけません。医療社会の現状は、入院患者を受け入れれば受け入れるほど病院経営は莫大なコストがかかり赤字化している、と言っても過言ではありません。
結局、医療サービスを要する費用を大胆に分割すると、一つが「本体医療費」、一つが「医薬品医療費」、一つが「検査医療費」となり、さらにその3つを包含する「入院療養費」になるのです。
高額療養費
さて、以上の実質的な4系統に対して、もう一つの概念が必要になります。それが「高額療養費」です。
医療サービスを提供する中で、個人の負担が非常に高額になるものがあります。3割の自己負担でも、個人で自己負担するのに無理が生じるような医療サービスです。高額医療費には、ある疾患の治療に対して、医療本体費、検査代、医薬品代、入院費用のすべてを含みます。
この分野の背景には、医療の進歩が関与しています。かつては諦めて「死んでもらう」「または苦しみ続けてもらう」しかなかった病気に対して、人類が果敢にチャレンジした結果として誕生したのです。高額療養が存在することに否定的な気分を持ってはいけません。その存在は科学の進歩そのものの反映であり、喜ぶべきことなのです。
以上の医療サービスのすべてに、もう一つの費用概念が必要です。それが「過剰診療」です。「検査しすぎ」「薬の出しすぎ」、いわゆるかつて「検査漬け」「薬漬け」と言われた悪習です。なぜ過剰診療が生じるかというと、医師が「知能をフル活用して、できるだけ薬を減らそう、できるだけ検査を減らそう」と努力することを放棄したからです。「念には念を」という思いもありますし、「たくさん検査してたくさん薬を出した方が収益が増える」という思いもあります。
私は自由診療を営んでいますが、診療の最後には、必ず患者の手元にどれくらいの量の薬が残っているかを尋ねます。自由診療だと医薬品代がそのまま患者負担になりますので、残薬状態を尋ねて当然です。健康保険であっても費用は掛かっているのですから、残薬状態を尋ねて、次の処方で投与量を調整するのが当然です。しかし、現状は、その当然が実行されていません。「医療費の自己負担は安いもの。せっかく出してくれた薬なのだからもらっておこう」「出してくれようとする薬を減らす要求をするのは申し訳ない」などいろいろな思いもありますが、認知症などでどれくらいの薬が残っているのかを覚えていない、覚える気にならないなどのこともしばしばです。
また、医薬品の自己負担が少ないという現象は、薬の副作用や厳密な保険適応に関して漠然生を生み出します。例えば、ある高齢男性が「最近、尿意を感じたら我慢できず漏れ出てしまいそうになってしまうのです」と訴えたとします。すると、前立腺肥大などの病気が疑われて様々な検査が行われ、でも病気を疑わせる検査結果は得られず、その結果、尿道括約筋を絞める薬が出されることがしばしばです。しかし、それは実はある血圧の薬の副作用であったりするのです。
視覚異常が出現して眼科を受診したところ、手術が必要だと言われ、手術機能のある病院に紹介状を書いてくれました。しかし、その視覚異常の原因は常用している薬の副作用であった、という実例を私は経験しています。手術したら全く意味のない医療費を消費したことになるのですが、それどころではなく、患者本人にとって大被害です。
何かの症状を訴えたときに、「薬の副作用かもしれない」という思いが、医師、患者の双方に欠如します。ある薬の副作用を抑えるために、別の薬を出すのです。これらは医師の能力の問題に帰するのですが、その底辺には、患者の薬代の負担が小さいということが関与し、医薬品に対する医師の感性が研ぎ澄まされないのです。医師、患者とも薬を出していこうという本能の流れを持っていますので、医師の感性を研ぎ澄ませるためには、「薬を出せば出すほど、医師の実質収入は減る」という仕組みがあればいいかもしれません。
私の提案!医療費増大の解決策
さて、医療は進歩し、高齢化に伴いその医療を受ける人が増える一方なのですから、国民医療費は増大して当然です。正当な増大であることが大事です。過剰診療による不当な増大が一部にあるから、医療費増大に国家は苦々しい思いになるのです。正当な増大にするための方法が日本国にとって重要です。そろそろ解決しなければいけません。その解決策の一つを提案してみます。
医療サービスの出所(4系統)により、健康保険を4分割するのです。医療本体に充当させるものを健康保険「甲」、検査費用に充当させるものを健康保険「乙」、医薬品に充当させるものを健康保険「丙」、入院医療に関与するものを健康保険「丁」とでも名付けます。つまり国民から集金する健康保険事業の運営元が4つになるのです。
これは、患者に提供した医療サービスに対して、医療機関から健康保険組合への請求が、4系統に分類されることを意味します。そして、それぞれの類が独立して健康保険事業を営みます。
医薬品に関する健康保険事業体には、製薬会社から基金を出してもらい、赤字になれば製薬会社が補填する仕組みがいいかもしれません。検査に関する健康保険事業体には、検査機器メーカーから基金を出してもらい、赤字になれば検査機器メーカーが補填するようにしたらいいかもしれません。
そのような医療体制を築いた上で、医薬品医療費の自己負担は5割、検査医療費の自己負担は5割、入院施設医療費の自己負担は5割などと定めます。すると、患者が医師に頼んで医薬品、検査を少なくする流れが生まれ、ここに医師の知能が強く働きます。自己負担が5割以下である限り、「国民皆保険」の名声は保たれます。そして、医療費は本来価格的に高いものであることが自動的に啓蒙されますので、「安いものだ」という錯覚から生じる不満を解消できます。
その上で、民間保険を導入します。まずは、高額医療に関して民間保険の利用を促します。月額7万円を超えたら、差額を民間保険に請求する仕組みなどです。高額医療になる分野の資金系統を守れば、得体のしれない難病、従来なら死に直結した病気の治療に立ち向かう医師の意欲は高まり、医学の進歩は加速します。
同時に、検査医療費(乙)、医薬品医療費(丙)、入院医療費(丁)に対しても、自己負担に対する民間保険を導入します。すると、民間保険会社が、医療サービスの内容を厳正にチェックしてくれるでしょう。この民間保険は、40歳以上の場合に加入することができるなどの決まりを設ければ、世代間格差の縮小に役立ちます。
そうすると、難病などでない一般的な医療サービスにおいて、検査や医薬品に関連する医療費は、医師の知能のフル活用により減額されてきます。それを見越して、「医療本体医療費」の単価を増額し、患者自己負担を1割などにします。医師が知能をフル活用すればするほど、患者の負担は軽くなり、しかも、医療機関が運営資金的に潤うようにするのです。
患者側は、医療機関だけに支払ったのではなく、検査会社や製薬会社に支払った気分になり、心構えが進歩します。