HOME > エッセイ集 >日本社会のまとめ(2025年)

月刊メディカルサロン「診断」

日本社会のまとめ(2025年)掲載日2025年8月29日
月刊メディカルサロン9月号

世界史の中に、
「金融恐慌に端を発して各国の保護主義化が進み」
という一節があります。言うまでもなく、第二次世界大戦へとつながっています。
現代は、
「イギリスのEU離脱、ロシアのウクライナ侵攻、トランプ大統領の関税政策などに端を発して、各国の保護主義化が進み」
という一節になりえます。その結果がどうなるかは、じっと観察するしかありません。
その一節からの未来のことを考えると、今の日本社会がどういう状況なのか、あるいは、今の日本社会に対して私がどう感じているかを、忘れないうちにまとめておかなければいけないという切迫気分にとらわれました。先日の参院選での「チェンジ」も影響しています。未来において過去を振り返ったときに、「ああ、あの頃はこうだったなあ」と思い起こすために、私独自の観点も含めながら日本社会と世界の現状を一旦まとめておきたいと思います。

富の在り処

日本の現状は、高齢者と企業に富が蓄積されています。日本国は莫大な借金を抱えていますが、ゼロサム理論により、その借金分は高齢者と企業の富に置き換えられています。厳密には、国際収支の長年の黒字分が日本の借金総額に加算されて、企業と高齢者の富になっているのです。
産業空洞化により、現役世代は格差が大きくなりましたが、貧しい者が圧倒的大多数です。住む家を所有せず貯金もできていない現役世代から多額の金銭を回収し、自宅の不動産と貯金を有する高齢者に分け与える循環ができています。しかも、日本国の借金を返済するのは現役世代です。現役世代が貧しいので、子育てする資金がなく、夫婦共働きが家計の標準モデルとなって少子化が進みました。

リタイア後の生活資金(年金)に関して

年金は、創設時は「自分のお金を積み立てて将来に返してもらう」という積立方式でしたが、年金資金の運用の失敗により、積立方式を捨てて「現役世代から徴収して高齢者に回す」という賦課方式に変更されました。積立方式時代は年金の掛け金支払いに対して「将来の安泰のため」という夢や希望を含んでいましたが、賦課方式の中では「将来の現役世代は支払ってくれるのだろうか」という不安が大きくなり、年金の掛け金を支払うことに後ろ向きの気分になっています。しかし、国家は強制的に徴収する方針をとっています。

医療に関して

現役世代中心に国民から広く徴収している健康保険掛け金が、医療社会の維持、成長のために利用されていれば国民は納得できるのですが、人材紹介会社が跋扈し始め、医療社会外への流出が目立ち始めています。国民は、自分たちの健康保険掛け金が医療社会外に流出していることに気付いていません。
高齢化に伴い国民医療費は増える一方なのに、現役世代から徴収できる掛け金はそれほど増えていません。だから、医療行為に伴って発生する保険点数の切り下げが続いています。医療機関はきちんとした正々堂々の診療をすれば赤字になるので、過剰診療を余儀なくされています。その医療社会は、看護師の低報酬に支えられています。
病棟看護師は、患者の着替えやおむつ交換など欧米では看護助手が行う仕事までやらされて、それでいて給与は欧米の半分です。国民皆保険下の医療構造そのものが、破綻状態のように思えます。
「医師の働き方改革」の影響により、「自己を犠牲にして患者のために尽くす」という医師の従来美学は失われ、「医師業務の無感動的な機械作業化」が進み、「一時間でいくらの収入」の概念が医師に導入され、その結果、医師の美容外科志向が異常に高まりました。健康保険制度下の医療を見限って研修終了直後に美容外科に進む医師が、研修医全体の2%を超えようとしています。

経済状況

1980年代、全世界の半導体シェアの90%以上を占めていた日本の科学技術は今では二流化し、自動車だけが唯一といっていいほどの輸出産業になっています。
失策の大元原因は、政治に帰するといえます。具体的には、例えば、韓国は政府とサムスンの一体化で大発展しました。しかし、日本は有力企業が複数(松下、日立、東芝、NECなど)あったことをメリットとするのではなくデメリットにしてしまい、国家との一体的成長をすることができませんでした。複数あることを大成長の根源とする政策をとることができず、退化させてしまう政策を打ち続けたのです。新興だったソフトバンクを創業時から抑圧してきたことなども、失策の一つです。

共働きと少子化

夫婦共働きが進行し、少子化が顕著になりました。待機児童ゼロを目指して政府は託児所、保育所などの施設づくりに取り組みましたが、その方針は少子化の解決には全くなりませんでした。「子供を育てるお金がない」のが少子化の根本原因なのに、根本原因の解決に取り組まず、産んだ後のことに執着した結果です。
専業主婦として生活できる体制づくりに目を向けず、夫婦共働き体制を加速させる方向にばかり目を向けてきました。その裏には、夫婦共働きが進めば好都合な業界(人材派遣業界など)からの政治的アプローチ(献金など)が関与していた可能性が示唆されます。

若者の資金源

都心部では、20歳代の常識的な収入では一人住まいが至難状態になりました。若者の消費者金融、カードローンなどの借り入れは増える一方です。女性は夜の飲食接待系の店でのバイトやいわゆるパパ活(年が離れた男性からの資金援助)で、生活を維持するようになり、男性は、女性のような収入を得るのが難しいので、闇バイト、投資詐欺、ロマンス詐欺に走るようになりました。もちろん全員ではなく、真面目に仕事のみを収入源としている人も大勢います。

外人の跳躍

外人が日本の不動産を購入しています。それもかなり高値で購入しています。外人どうしでの売買も盛んなようです。日本国内の不動産の所有者が、日本人から外人に置き換えられていくことに政府は無関心であり、すべての土地が外人の所有者になることを許容しているようです。外人の不動産売買により、不動産価格は高騰中です。
日本人側も住宅ローン金利があまりに低いので、建築業者は高値設定して高額の住宅購入が進み、日銀はそのローン負担への借り手の耐用性を考慮せねばならず、金利政策の足かせになっています。日本国民のベーシックな資産が増えたから不動産価格が上昇しているのではなく、低金利と外人買いで高騰しているのですが、それに対して政府は無策です。平成バブル時代に政府が動いて「総量規制」を行った結果、バブル崩壊が起こったので、政府は何かの制作を打つことに臆病になっています。不動産市況の変化は見ものです。

国際収支と黒字の行方

国際収支的には、貿易収支赤字、資本収支黒字であり、差し引き国際収支黒字ですが、資本収支の黒字分が配当されているのは富の蓄積者、つまり高齢者と企業であり、現役世代ではごく一部の成功富裕者に限られています。だから、ますます格差が広がります。円安により食料品を中心とする輸入品は高額になり、現役世代の生活を圧迫しています。この圧迫は、「カエルのかまゆで」論的になっており、国民が気付かないうちに進行しています。

政府財源に関して

国民から税金を集めて、集めた税金を分配する。集金した以上の出費があるなら、いわゆる赤字となり、国債を発行して賄います。
日本は長年、それを繰り返してきました。一定期日ごとに国債の償還期限を迎えますが、その償還しなければいけない金銭を次の国債発行で賄っています。
民間では、それは自転車操業といわれます。中央銀行が自国の紙幣を印刷できる国家の立場では、日銀が円を刷って国債を買い取ればいいだけで、その自転車操業を未来永劫に繰り返せばいいだけですから、国民が勤勉であるなら、実は案外たいしたことはありません。「勤勉であるなら」の前提文を説明するのは、ここでは割愛します。発行しすぎたら、円の価値が低下して輸入物価が高くなるだけのことです。
収支が赤字の場合、出費が多すぎたということですが、その多すぎた赤字分の金銭はどこに行ったのでしょうか? 
その赤字分を受け取っているのは、実は企業と日本国民です。厳密には、企業の黒字分と去年までの日本国民です。「去年までの日本国民」というのは、わかりにくい表現ですが、今の高齢者たちだと思えばいいです。つまり、高齢者が持つ資産は、日本国の収支の過去の赤字分を原資としているのです。実はそれに加えて、日本国が海外の各機関、各国に出費している支援金なども赤字分を形成します。その赤字分を、今の日本国民と近未来の日本国民、つまり若者たちに返済させようとしています。
日本は、赤字財政なのに多額の海外への援助を行っています。政府は心の底では、「財政赤字など国債を発行すればいいだけで実はたいしたことはない」と思っている証拠です。
人でいえば、借金だらけで家族を困窮させ、家族の皆に労働させてピンハネしている家長が、外に向かって見栄を張って、「あれを買ってやる。援助してやる」と言っているようなものです。家族はみな心配し苦労を余儀なくされますが、実はその家長は金銭発行機を持っているのです。「お前たちを働かせるために、金銭発行機のことは秘密にして、お前たちには勤勉を強いる」と企んでいます。
ガソリンの暫定税率を廃止したら、その分の財源をどうするのだと政権与党はアピールしていますが、これは、その家長が家族に向かって「お前たちからの分捕りは減らせない。あちこちへの支払いを減らすわけにはいかないからな」と脅しているようなものです。質の悪いことに、その家長は「俺が抱えた借金は、お前たちが返済することになるからな」とまで言って脅すと同時に、勤勉であることを強要します。
常識的には、「収入がいくらだから出費はいくらまでにする」と考えるものですが、現状は「何があってもとにかく出費は減らせない」と強弁し、「出費がいくらあるから国民からの分捕り分は減らせない」と言っているようなもので、その発言をマスコミも許容していますので、それが今の日本の国家方針になっていると言える状態です。国民の総意による方針なのか、政権与党の独自の方針なのかはよくわかりません。

食糧事情

日本の食料自給率は低く、「日本を滅ぼすのにミサイルはいらない。外国が食糧輸出を止めればいいだけ」とまで言われています。諸外国が食糧を輸出するだけの余裕がある間だけの安泰です。
食糧生産体制従事者の高齢化が著しくすすみ、農業の存続問題にまで発展しています。農業の担い手が著しく減ったのは、戦後政策の中でGHQが行った農地改革で大量の小作農家を生み出した弊害です。
農業法人化による大規模化は、なかなかすすんでいません。そんな矢先に、コメの価格高騰問題が勃発しました。政権与党が大票田である小作農民の票を失うことを危惧して、天下国家のために農業どうあるべきかを考えて実行することができないまま、今に至っています。

社会風潮

不倫などの不貞行為に対して、マスコミ中心に社会から当事者を抹殺しようという強い執念が働いています。女の不貞行為にはやや寛容ですが、男の不貞行為に厳しいバッシング傾向があります。大局に影響のない学歴詐称、知事、市長らのパワハラ的行為、セクハラ的行為に対しても同様です。あたかも当事者を責め立てて詰問していくことで、ストレスを発散させることを目的としているようです。詰問の対象が変われば、もう前の者のことは忘れているかのようなマスコミのふるまいには、社会正義を求めているよりストレス発散対象を探しているだけに見えます。社会の底辺に何かに対する不満が渦巻いているのでしょう。
コンプライアンスに対する行き過ぎが原因なのかもしれません。
秦の始皇帝の圧政下で、始皇帝の死後に反乱が生じ、それをまとめた漢の劉邦(高祖皇帝)の法3条の施政方針を思い起こさずにはいられません。

接待・交際の縮小

官官接待、医薬接待など、公金を差配する関連の接待交際が著しく縮小しました。接待交際が「見返り」を求める行為に他ならないからである、と政権与党の政治家は説明していますが、その政権与党の政治家は、補助金の行先に大きく口出しできる立場であるのに、同じく「見返り」を期待する企業団体献金を禁止しようとしません。まるで「見返り」を受けるのは我々に限る、と主張しているようにみえます。
官官接待や医薬接待がなくなったため、地方の飲食店・小売店が苦しみ、地方はシャッター街と言われる街並みを呈しています。

政権与党

そんな世の中を作り出したのは、政権与党です。私は長年、政策与党に否定的な目を向けたことはなかったのですが、ここまでに記した今のネガティブな部分を見つめると、政権与党の責任に帰さざるを得ない気分になっています。同じ思いを抱いている人も多いのでしょう。それが、先日の参院選の結果になっています。現総理を責める議員がいるようですが、政権与党のここ30年あまりの悪政の責任を総理一人に転化しているにすぎません。国民はその辺に気付いています。 
その政権与党の口癖は、「政治には金がかかる」です。それは言い換えると、「お金ちょうだい」とおねだりしているのと同じです。堂々と「政治には金がかかる」と口にしていることは驚愕に値します。
自民党は、企業団体献金の禁止を法令化するのを拒んでいます。「補助金の対象となる企業、団体からの献金を禁止する」くらいの設定さえしようとしません。官僚に対しては、自己の権限下で利益供与できる企業、団体への未来の天下りさえ禁止したのに、自民党は自己のことに対してはどこ吹く風です。
前記した不幸といえる世の中を作り出した根源が、実は企業団体献金であったことを認めなければいけません。すべての失政は、天下国家の大義よりも、献金してくれる企業や団体の要求を優遇した政策を行ってきた結果です(外国の圧力に屈しているというのも一因ですが)。
「政治にはお金がかかる」と言った時点で、お金に対する余裕を失っています。お金の余裕を失った時点で、事業遂行者としては失格です。それは、お金のための奴隷になり下がるからです。その奴隷集団が政治を仕切っています。国民はそこに気付いて、今の政権与党を見限りだしています。日本国民の直観的思考能力は高く、裏金問題をそこに行きつかせているのです。

世界情勢

グローバルスタンダードは死語となり、軍事大国の主張がスタンダードとなりました。先進国は、自国単位での保護主義化に向かっています。オバマ元大統領が語った「人類の理想的なあるべき姿」からははるかに遠ざかってしまい、現実主義の中で自国保護化が進行しています。その行き先は全く不透明ですが、第三次世界大戦に発展しないことを願うしかありません。

情報収集

若者は、競争否定教育の中で育てられ骨抜きにされて、立ち上がる勇気を失っています。そんな中で、SNSが普及しました。それにより、若者はSNSから入手する情報を重宝するようになりました。悪意、邪意ある情報の方が広まりやすくなっています。しかし、SNSのおかげで政治が少しずつ身近になってきました。

若者の政治参加

「手取りを増やす」が流行的合言葉になりました。表向きには、「親や夫の扶養下での収入の上限設定を108万円から168万円に」と説明されていますが、近未来的に「健康保険、年金の掛け金など、高齢者に回している金銭を若者から収奪するのをやめよ」というアピールに置き換えることも可能であり、若者は心の奥でそこに共鳴しています。それを訴えている党が議席を増やしているのは、若い世代が政治参加し始めたからです。ここに一つの光明が見出されています。

エッセイ一覧に戻る