月刊メディカルサロン「診断」
男と女掲載日2025年11月30日
月刊メディカルサロン12月号
女と子供を守るために男は戦う
日本初の女性総理大臣が誕生しました。男たちは、女性総理におとなしく従う路線を選択しているようにみえます。マスコミも、女性総理のやることなすことに異論を唱えることはあまりなく、わずかに女の評論家が辛口の論評を与えているだけに見えます。「男と女」に関して、考え込まずにはいられません。
人類が誕生して以来、自然発生的に生まれた風習、慣習、常識は、
「女と子供を守るために男は(外敵と)戦う」
でした。
この風習に異論はなく、その逆の
「男と子供を守るために、女が積極的に外敵と戦う」
などという話は聞いたことがありません。女に対して、「銃後の守り」という表現があった時代もありました。
なぜ、その常識になったのでしょうか?
「男の方が、腕力が強いから」でしょうか?
人類は長距離射程の武器を作り出したので今は、腕力差は決定的ではなくなっていますが、昔は腕力差が決定的だったかもしれません。しかし、人類の原点で考えると、そんな単純な答えではないように思います。
答えは、「人類を存続させるために女は必要で、女が大切だから」です。女が激減すると人類は絶滅の道を歩みます。男は激減しても、女が健在なら、人類は滅亡しません。だから、女を守って、男が死んでいく、ことに一つの美学、常識が生まれます。女は人類を存続させるために何としても生き抜いていくことが必要で、男は人類を守るために死を覚悟することが必要なのです。
女が子供を守るために死を選択することはありますが、男を守るために女が死を選択することはありません(男と一緒に死を選択することはありますが)。
以上は、20万年前に中央アフリカで誕生したホモサピエンスが、今に至るまでの存続を可能ならしめた男と女の原点だと思わなければいけないはずです。
九十九里浜での自爆要員募集の記憶
グローバリズムの現代だから、「人類を存続ならしめた」という発想になっているのかもしれません。一昔前までは、「人類の存続」ではなく、「自己の所属集団の存続」でした。
もう30年以上前のことですが、太平洋戦争末期に成人していたある男性の話を聞いたことがあります。その人は戦後に立派な会社を創業し、私が営むプライベートドクターシステムの会員になった人で私にしみじみと語ってくれました。
「アメリカ兵が九十九里浜に上陸してくるという話があってね。その際に砂浜にタコつぼのような穴を掘って爆弾を背負って、そこに潜み、アメリカ軍が上陸してきたら、上陸車両の下に潜り込んで自爆する、という要員の募集があったんだ。私はそれに応募したのだよ」
「募集というか、それは徴兵の一種だと思いますが、強制的ではなかったのですか。志願なさったのですか」
「あの頃は、アメリカが日本に乗り込んできたら、日本男子の睾丸をすべて切り落とし、日本の女にアメリカ兵の子供を作って、日本民族を根絶やしにする。という噂が流れていたのですよ」
「そんな噂は、政府が故意に流したものですよね?」
「アメリカ兵たちに、わが妻子、わが日本の女子が犯され、そこで作られた子供たちでわが日本国土の種族が塗り替えられる、という姿を連想し、『そんな世の中になるくらいなら、俺は見事に死んでやる』という思いを持ち、死を覚悟してタコつぼ爆弾要員として名乗り上げたのです」
人類の存続というより、自己の遺伝的系統、自分が所属する群の遺伝的系統の存続が本音かもしれません。
女性統治=安定? -卑弥呼と壱与
女と言えば、日本の古代ロマンの「卑弥呼」を思い浮かべます。卑弥呼のことを記した魏志倭人伝は
「倭人在帯方東南大海之中 依山島為国邑 旧百余国 漢時有朝見者・・・」
から始まり、
「・・・・壹與遣倭大夫率善中郎将掖邪拘等二十人 送政等還 因詣臺 獻上男女生口三十人 貢白珠五千孔 青大句珠二枚 異文雑錦二十匹」
に終わる、読み下すのに一苦労する長文ですが、内容的には下記の部分がよく知られています。
日本国に行き着いて東南方向に周遊していくと、いろいろな国があることを述べ、その風俗を記載しながら、どの国も女王の国に服属していることを掲載し、その女王の国に行きついた際の記述として
「その国は、元は男子を王としていたが、居住して七、八十年で、倭国は乱れ、互いに攻撃しあって年を経た。そこで、一女子を共に立てて王と為した。名は卑弥呼という。
・・・卑弥呼は死に、冢を大きく作った。直径は百余歩。徇葬者は奴婢、百余人である。新たに男王を立てたが、国中が不服で互いに殺しあった。当時千余人が殺された。また、卑弥呼の宗女、壱与(イヨ)、年十三、を立てて王と為し、国中が遂に治まった。張政たちは檄をもって壱与に告諭した」
という内容です。
長々と記載しましたが、ここで話したいのは、国のトップとして女王が就任すると、国全体がまとまり、その死後に男が王になると国が乱れて、そこで、また女子を王にすると、また国がまとまった、という部分です。
学生時代にその記述を知った私は、当然「なぜだろう」と考え続けることになりました。
なせ政子の声に武士は従ったのか
朝廷と武家棟梁との微妙な関係が続いた鎌倉時代初期に、源氏将軍の血筋が三代で絶え、北条執権政治が始まった直後、後鳥羽上皇は、鎌倉武家政権討伐の院宣を下しました。近畿の武士たちが後鳥羽上皇の周囲に集まると同時に、東国の武士たちも後鳥羽上皇の院宣に触れて動揺をきたしました。
「鎌倉殿に味方したら、俺たちは反逆軍になるのか」
という動揺が走り、東国武士たちが後鳥羽上皇に味方しそうになった時、北条政子は、諸将を集めて
「頼朝殿が現れる前と今を比較すればすぐにわかるだろう。頼朝殿の恩は、山よりも高く、海よりも深し。あんな昔に戻りたいのか?」
の演説を行い、全軍を一丸にまとめて京に向かわせ、西国の武士が京に集まる前に、後鳥羽上皇の軍を粉砕しました。北条政子がいなければ、政権を移譲されただけの形式から朝廷を支配する形式に至った武家政権は成立しなかったように思います。
あのとき、なぜ、東国武士たちはおとなしく北条政子のいうことを聞いたのだろうか?
執権であった北条義時が、同じことを演説したら武士たちはまとまったのだろうか?
これも、わたしは学生時代以来、「なぜだろう」と考え続けることになりました。
女は強い -本能としての「従う構造」
私は若い時から、結婚し入籍したうえで、良好な人間関係を続けられるのかどうかに強い疑問を持っていたからです。どんな疑問かというと「女は強い。強すぎる」という直感です。腕力的な問題ではなく、言論理屈の問題でもなく、夫婦間での自分を存立させるための展開に全力を尽くすという強さです。命がけで向かってこられたら、小動物でも恐ろしく手ごわいのです。男の本気になりたくない部分に、本気で向かってこられるのですから、男は、女に勝てません。夫婦生活の中で、男の中に、「女の言うとおりにしておけばよい。逆らっても意味はない」という本能が育ちます。その結果、
「妻に逆らっても、何の得にもならない」
「妻の言うことには、決して逆らわない」
「妻の言うとおりにしておけば、何のもめ事も起こらない」
と男たちは口をそろえるようになるのです。その思いはプライベートの日常生活の中で養われたものですが、男にとって、社会生活全般への方針に及んでしまいます。
結局、女の言うことには、あまり深く詮索せず、「おっしゃる通りです」としたがっておけば、万事うまくいく、と思ってしまう何かが日本人の本能の中に刷り込まれているのだろう、という思いに至ります。権威が伴う女の言うことには、まさに従うしかないという本能があるのです。
そんなわけで、長い夫婦生活の間に、男は、「妻の言うことに逆らっても何のメリットもない」「妻の言うことに不満を述べれば、面倒になるだけ」という本能が刷り込まれていくのです。結局は、
「妻が言っている通りにしてもらえば家庭内では何の問題もおこらないから」
という遺伝子が完成しているようです。
「言うとおりにさせてあげて何か問題が生じても、後で挽回してあげればよい、後でカバーしてあげればよい」という男から、「全てをあきらめて言いなりにするしかない」という男まで分かれるようです。
卑弥呼、北条政子の言うことに、威勢のいい男たちも、おとなしく従ったのは、日本人の本能、遺伝子の中に、上記の思いが刷り込まれていたからかもしれません。
女性総理がたって国がまとまった、その後、男性総理になったらまた国が乱れた。そこでまた女性総理がたったら国がまとまった。
日本がそのような道を歩みそうな気がしてなりません。歴史の学びすぎでしょうか?
欧米も男と女がそうなのかどうかは知りません。
ここで思い当たるのは「人と人との関係は一度逆転し、二回目の逆転は起こらない」という法則です。つまり、「最初に威丈高に接した者は、その立場をどこかで逆転され、低い立場にされてしまう。だから人間関係の達人は、最初は腰を低くして接し始め、逆転する時を待つ」という法則です。
その法則に当てはめると、「三歩下がって影を踏まず」などの美学を若いときに要求した結果、どこかで立場が逆転して、「妻のおっしゃる通りです」になったのかもしれません。
欧米で見る、仰々しいプロポーズの演出、しぐさは、男が女に対して、へりくだっている姿そのものです。その立場からスタートすると、一度の逆転で男の方が優位な立場になります。そして、2回目の逆転は起こらない、の法則で、男が優位のままでいられるようにも思います。
男が女を見る目、女が男を見る目
男が女を見るとき、どんな目で見ているのでしょうか?
家庭を作るということに強烈な憧れを持っている男がいます。そんな男は、「妻にする女」を探す気持ちで女を見ています。家庭づくりに憧れがない男は、女に対して「収奪(売上)の対象」「ラブゲームの対象」「守ってあげたい」の対象、のどれかの眼で見ています。女の立場では、どの形式の男と懇意になるかで、その結末に雲泥の差が生まれます。近年、自己の収益のために女をだまして、女から搾取する、という男が増えています。悲しいものです。
女が男を見るとき、どんな目で見ているのでしょうか?
今、その眼は変化中です。40年前の専業主婦時代は、「どの男が作る家庭に入り込むか」という目で見ていました。その男と知り合えた時、その男に気に入ってもらえる自分を作るために、日常の努力がありました。「身持ちが堅い」「処女性重視」「家事手伝い」などは、「その男の家庭に入り込もう」という目で男を見ていた時代の遺物的用語です。今は、ども働きの時代になっていますので、専業主婦時代とは全く異なる眼で見ることになり、今は過渡期の時代と言えるでしょう。
男の人生、女の人生
旧来、男の人生は、「この世にポッと現れて、暴れまわって、ポッと消えていく。暴れまわっている間に女を守り、子孫を残し、自分の死後も子孫を守る」という、この世にいっときあらわれただけのエイリアンのようなものでした。今の男の変化ぶりは残念です。
旧来、女の人生は三部作でした。出産する前の「蝶よ、花よ」ともてはやされる時期、そして出産して子育ての時期、そして、子育て終了後の「大きな役割を完了した後の人生の喜びを満喫する時期」の3つです。その3つのメリハリを楽しんでもらいたいのですが、共働きの時代は、女性に不利ばかりを与えているように思います。
男と女の同年代の結婚はもはや無理と判定され、人生に余裕が出てきて、妻を専業主婦にできる50歳代男性と20歳代女性の婚姻が主流になる時代が来るかもしれません。子育て終了頃に男は死ぬので、残してあげた遺産で、妻に子育て終了後の人生を楽しませてあげるのです。それができれば、男の人生は満足でしょう。
おわりに
男と女と言えば、天皇家の男系、女系の話を避けられません。私は男系を継続してほしいと願っています。理由は、長い歴史を一貫して、男系皇統譜であったという理由だけです。世界史上、男系皇統を長年にわたって継続したのが、日本の天皇家だけなのですから、世界の中の日本として、日本人の誇りの源であり、継続を願うのは当然かもしれません。
あくまで私個人の願いですが、GHQ時代に臣籍降下した男系皇統譜の者を早く天皇の養子などにして皇族に加え、日本国が日本ならしめるコアな部分を固めて、国家を一丸とするエネルギーの結集をなさしめてほしいものです。若者の政治進出が進む今後の日本であるとは思いますが、その若者には日本史を習得する機会が乏しかったようで、日本の皇族話に対する直観的観念が十分に育っていないのが心配です。
