月刊メディカルサロン「診断」
医療社会の人事問題・・・伝統、風習の中にガンが芽生えている掲載日2026年2月28日
月刊メディカルサロン3月号
伝統・風習と社会変革
トウモロコシなどで弁当箱を作る。その弁当箱を使い終わった後に回収して、器械の中で、乳酸へと作り替える。その乳酸をメタンガス菌と混合させて、ガスを発生させる。そのガスが、エネルギー源となり、電力に作り替えられる。つまり、トウモロコシを作れば、人類の生活に必要なものの多くをつくることができる。
夢物語のような話ですが、実用の途につく段階になっているようです。いわゆる循環型社会の実現として、15年前に夢物語として提唱されてきた話が、現実のものになっているのです。
夢物語の実現と言えば、自動運転を現実化させるAIそのものがそうですし、スムーズに動く人型ロボットもまさにそうです。すでに実現し利用されている、外国語の自動翻訳なども平成初期の頃は夢物語だったように思います。
叡智を結集した科学技術は高速に進歩するのですが、長年にわたって人々に定着した伝統、風習はなかなか変化し、進歩することはないようです。
今、出来上がっている日本の社会にはたくさんの不備、問題があります。例えば、少子化です。科学技術の進歩でそれを解決できるのかというとそういうものではありません。
共働きになった若者どうしに、出産、子育てを強いるのは根本的な間違いですが、「若者どうしが婚姻して子供を作る」という伝統、風習はなかなか変わるものではありません。人類が築いてきた伝統、風習を変えないと、少子化は解決できないのです。解決策は、「妻を専業主婦にしてあげられる財力を築いた男性と出産適齢期の女性の婚姻」になるのですが、「若者どうしが婚姻する」という伝統、風習を改変するのは至難です。
伝統風習を打ち壊し、新しい風習、秩序を持ち込もうとする者は破壊者と言われ、歴史的には織田信長がそうであったように、既存社会からは、強い反発を受けます。
病院の赤字と人材紹介業の台頭
日本の医療社会に目を転じてみましょう。いくつかの面で不備があるから、病院の7割が赤字になっています。ごく一部が赤字になるのではなく、7割が赤字になるということは、日本の医療社会が育んできた伝統、風習をカバーするだけの医療制度ではなくなっているということを意味します。
制度というのは、言うまでもなく国民皆保険の制度における保険点数の設定です。保険点数の設定に問題があるから、病院の7割が赤字になっているのです。
今の医療社会は、看護師の恐るべき低報酬のおかげでかろうじて支えられていると言っても過言ではありません。その低報酬で看護師を苦しめながら、なおかつ病院そのものが赤字になっているのです。改善するには、保険点数を引き上げることが必要になりますが、それは国民の負担を増やすことを意味します。
国民の負担を増やすのならば、医療社会の伝統、風習のために、余計な出費を余儀なくされている部分があるのかどうかを見極める必要があります。過剰診療が問題とされていますが、過剰な診療は、国民の受益にもつながっているとも言え、患者も過剰診療で喜んでいる現実がありますので、単純に大問題であると言えるわけではありません。過剰診療の解決とともに質を高め、その質に対する保険点数設定へと徐々に舵を切っていくしかありません。
しかし今の医療社会には、国民の受益と関係のない余計な出費となる「ガンのような大問題」が一つ潜んでいるのです。医療社会の伝統と風習の中でガンが芽生え、そのガンが国民から集めた公的資金を食いつぶしているのです。この問題の解決なしで、国民負担を増加させるべきではありません。
そのガンとは、看護師、医師の転職、採用の分野に参入してきた人材紹介事業者です。
看護師・医師の人生構図と転職の実態
国家試験に合格した後の看護師、医師の進路を語ってみましょう。
新卒で国家試験に合格したばかりの看護師は、入院患者がいる病棟で初期の研修が始まります。病気で苦しんでいる生身の人間を相手にするのですから、中途半端、いい加減は許されません。手術が終わった直後に入院病棟に戻ってくる患者もいます。必要な手配を素早く行わなければいけません。厳しい訓練の中で、看護の技術を身につけます。もちろん診療を補助するための注射、採血などの各技術も身につけます。医師の指示に従って、点滴の配合を行います。配合を少しでも間違えたら一大事につながります。決して間違えずに実行していく姿には頭が下がります。
1年目で脱落してしまう看護師ももちろんいます。いや、けっこういると言っても過言ではありません。当然、夜勤があります。一晩中、ナースコールで呼ばれ続ける日もあります。仮眠をとれる日もあります。病院で仕事する道は容易ではないのです。入院病棟で2年、3年と過ごして、技術を向上させ、手術室、救急外来、一般外来など各部署に分かれていきます。入院病棟で4年、5年と過ごす看護師もいます。
肉体的にも、精神的にも大変な入院病棟の仕事を長年続けられるものではありません。看護師たちを支えているのは、人のために尽くしたいという気持ちです。尽くして感謝されることを自己の喜びにできるから、その仕事を続けられるのです。しかし、そのハードな仕事をこなしている看護師たちの収入は、東京で一人暮らしするのが困難な収入です。仕事内容に見合う給与を設定すれば、国民医療費は増大し、国民の負担が増えてしまいます。国民の負担を増やさないために、看護師は犠牲になっているのです。心身ともに疲れ切ったとき、転職を考えます。一つの病院で、新卒からリタイアまで勤務を続けたという看護師はめったにいないのです。一度転職して、入院病棟を離れたときに、初めて自由を感じることができるのです。しかし、看護師の職場はチームを単位として、女性社会のコミュニティが形成されています。その次のコミュニティに入り込めなければ・・・また転職せざるを得ないのです。以後、転職を繰り返す生活が待っています。
新卒で国家試験に合格したばかりの医師は、初期研修医として全国の研修指定病院に配属されます。そこで2年間の研修生活を送り、医師としての心得を学び、初歩的な技量を身につけます。2年間が終了すると、自分が専門的に学ぶ科を定め、その科に応じた指導医がいる大病院、あるいはその科の教授がいる大学医局に転籍し、専攻医になります。そして専門知識と技量を身につけながら、日本専門医機構の専門医の資格取得を目指します。3~4年以上の努力で専門医資格を取得したら一人前とみなされます。もちろん、専門医の取得にこだわらずに医師としての技量を身につけていく医師もいます。
大学医局の人事システム
さて、研修終了後に、ある病院に所属して専門医を目指した場合、その病院で仕事しながら生涯を過ごすこともありえます。しかし、大学医局に所属した場合はどうなるのでしょうか?
大学医局というのは、一人の教授を中心とする医師集団でありますが、新人医師を一人前に育てるための重要任務を背負っています。育ててもらったという恩義が絡む中で、教授の独占的人事権が定着しています。
医師は、一時期は大学病院で学びながら仕事する日々が続きますが、ある日、教授室に呼び出され、「君ねえ、○○病院に行ってくれんかね」と宣告されます。「いや、□□病院にしてください」や「いや、このままこの大学病院にとどまらせてください」などの交渉はできません。「承知しました」と答えるか、「お断りします。医局人事から脱してフリーになります」と答えるかのどちらかしかありません。専門医制度が定着したので、医師の技量の「見える化」が進みフリーになる医師が年々増えています。
教授が宣告する「○○病院に行ってくれんかな」の○○病院は「関連病院」と言われています。その関連病院の院長、あるいは診療部長から「医師を一人回してほしい」と教授は頼まれ、教授は「わかった」と答えるか、「今、出せる医師はいない」と答えるかのどちらかなのです。その過程には、「人材あっせん」的な要素がありますが、自己の配下に所属する人材を送り出すので、人材紹介事業というようなものとは異なります。送り出された医師は、「当該医局に所属したまま、○○病院に出向中」という立場になります。
大学病院という医療社会の中枢から送り出された医師の心理はいろいろです。歯噛みする医師もいるでしょうし、多少の自由を得て喜ぶ医師もいます。送り出された先で研究活動に励む医師もいます。自分を送り出した教授が退任した後は、新しい教授が就任し、新教授が自己の医局を形成します。その際に、新しい教授に呼び出されて、「君ねえ、私の元で准教授を務めてくれんかね」と言われたりします。
ところで、「○○病院に行ってくれんかね」と言われた際に、それを断ってフリーになった医師はどうなるのでしょうか? オーソドックスには、「医院を開業する」「開業している親の元で跡継ぎとしての仕事をする」「先輩、知人に招かれて、どこかの病院で仕事する」「複数の医療機関で、パート医、当直医などを務める」のパターンしかありません。未知の病院の「医師募集」を見て、応募する医師はめったにいないのです。そして、フリーの医師は増加の一方です。
以上のような看護師、医師の人生構図を見ればわかりますが、一つの病院で、生涯を務めあげた、という看護師、医師はまず存在せず、医療社会は、「転職、常なる業界」なのです。
医療社会内部のガンを排除するために
「転職、常なる業界」なのに、医療社会の伝統、風習の結果、事務方には、看護師や医師の募集、採用に関して、人材を探し、人材を選び、採用を決定するまでのノウハウが育っていません。医局や院長、診療部長、看護部長が採用を決めた人材に対して、諸手続きを遂行するだけという伝統、風習しかなかったのです。
この医療社会の弱点を狙って、儲けてやろうと企む外部組織が医療社会内で急速に台頭し、幅を利かせてきています。いわゆる、人材紹介事業者です。医療社会内で芽生えたガンのような存在です。
事務方に医師、看護師の募集、採用に関するノウハウがないので、看護師やフリーの医師の募集、採用にあたって、人材紹介会社に頼ってしまいます。その結果、医師や看護師の人材紹介をめぐって、巨額の紹介手数料が、医療社会外に流出しています。
医療社会外にそんな金銭が流出していることを国民は知りません。国民負担を増やしてもらうためには、医療社会内部の伝統、風習を改革し、医療社会外への不本意な金銭流出の消滅に取り組まなければ、国民の理解を得ることはできないのです。
しかし、今のところ、マスコミは転職あっせん業界からのスポンサー収入を重宝しているので、その辺を題材として報道しようとする気がありません。その辺も、日本社会の伝統、風習的な問題なのです。
人材紹介事業者に依頼するとラクだから、というのが、大病院の人事担当者の言い分です。自分たちが苦労をしたくないために、病院を赤字化させ、国民負担を増加させる原因の一つとなり、結果的に、そのツケを国民に払わせるというのが通用するのでしょうか?
医療社会外への不本意な資金流出をさけるために、事務スタッフも必死の努力をしている姿をみせつけることが、国民負担の増大をお願いする前提事象となります。
ではどうしたらいいのでしょうか? 事務実務系人員が努力すれば、解決できるシステムがネット上に既に存在しています。政府がそこに力を入れ、事務方も、それ取り組む努力をしている姿を国民に見せつけることが、国民負担の増大をお願いする前提となるように思うのです。
「医師の技量がわかるのは医師だけ。だから医師の採用、人事は医師が決める」という伝統、風習が強かったので、病院の事務方の中に、医師の見分け方、採用のノウハウが育たなかったのは確かです。しかし、今は専門医制度などの資格制度により、医師の能力の「見える化」が進み、事務方がある程度の主体者となって、医師の採用を決めることも可能になっています。
医療社会に入り込んだ人材紹介会社の存在は、医療社会の内部に宿ったガンです。人体に宿ったガンを治療するプロたちが、自己の伝統と風習の中で育ちつつあるガンにどのように対処していくか、今後の医療社会において、実に見ものだと思います。
