月刊メディカルサロン「診断」
医療改革5本の柱掲載日2026年8月23日
月刊メディカルサロン9月号
もう30年前のことになりますが、私はカリフォルニアのある日系人の家に宿泊したことがありました。その家の70歳過ぎのご主人は語りました。
「私が日本から渡米したのは50年前。最初は庭の草むしりで仕事にありついていました。やがて、ある富豪に認めてもらえて、その運転手を務めました。そして、その富豪は私に飛行機の免許を取らせてくれ、自家用飛行機のパイロットにしてくれました。そのおかげで、この成功人生を築けたのです。ここにいるのが私がこのアメリカで築いた家族です」
と話して、息子、娘、孫らの約30人余りの家族を紹介してくれました。アメリカには移民がたくさんいると聞きますが、皆、そのような成功を夢見ているのかもしれません。
その時の話で、耳に残ったことがあります。
「病気になるのが一番心配。それに備えて貯金をしっかりとしています。病気になってお金がなくて治療を受けられないのは最悪だけど、治療した結果、全財産を失う人もたくさんいます」
と聞いた、という旨の話でした。アメリカでは、ある日突然、大病を患って、それまでの人生で築いたすべてのものを失ってしまうことの不安が非常に大きいらしいのです。不安ならどこかの医療保険に加入すればいいではないか、と思うのですが、アメリカでは保険に加入するのも容易ではないそうです。
大きな不安になる原因は、病気になると治療のために莫大な費用がかかる、という現実です。日本ではそんな不安はありません。病気になっても費用はかからないというイメージがあり、病気になったらその治療のために全財産を失う、という発想はありません。それは、1961年に制定された国民皆保険制度のおかげです。「いつでもどこかの病院に行ける」「価格的に安い」「一定額以上かかったら国が肩がわりしてくれる」という、この制度が国民に大きな安心感を与えているのは間違いありません。
制度を揺るがす本当の危機
さて、最近、多くの病院が赤字になり、国民皆保険制度が危ないという話を聞きます。高額療養の補助をやめようという政策話もありました。この国民皆保険制度は、存続可能なのでしょうか?
実は、医療費は社会保険方式で国民から集めたお金と、税金で国民から集めたお金(公費)の両者の投入で成り立っていますから、赤字になるのは保険点数の設定の問題にすぎず、赤字分は公費から投入されるので、資金繰り的な問題では国民皆保険の破綻にはなりません。
しかし、医療資金上の問題ではなく、医療従事者のモチベーションの急低下という問題から破綻する道を歩む可能性を大きく秘めています。
今の国民皆保険制度は、看護師の驚くほどの低報酬で成り立っています。看護師が労働に見合う収入を要求したら、各病院は一斉に資金繰り困難に陥ります。その分の補填は公費からなされるので、結局は、国民がその税負担に耐えられるかどうかの問題に帰します。看護師の低報酬は、職場離れを促し、時には、ある患者への憎しみから点滴への異物混入事件にまで至ってしまいます。国民皆保険下で仕事しようとする看護師の意欲が低下し、健康保険制度下の仕事から離れていけば、それは医療社会の破綻、崩壊を意味します。
その観点から、医療社会を健全にするための改革を5つほど考えてみました。
①看護師の意識改革
健康保険制度が始まってから昭和の末までは、患者は病院に行けば皆、医師、看護師の前で「すべてお任せします」と応えていました。そして感謝していたのです。この当時の医療は、患者への治療を一生懸命に考えればそれでよかったのでした。看護師も医師の権威の元で、患者への治療のための重労働を感謝される存在になっていました。自分の命や健康を安価に救ってくれる医師に対して、文句を言うことは発想の中になく、ひたすら感謝していたのです。
患者側は正当な要求をしているのでしょうか? 過剰な要求をしているのでしょうか? 医療従事者は、「過剰な要求をされている」と認識しています。
しかし、私の記憶では、「多数の患者に対して、切除する必要のない子宮を手術で切除していた病院」をマスコミが報道して以来、医師の権威が低下して流れが変わりました。医師に対し、「説明不足だ。しっかりと説明せよ」「もっと俺を納得させよ」「それが本当にいい治療なのかを他の医師にも聞いてみる」という風潮が生まれ、医師の権威低下も関連し、看護師に対して不満を散々に述べる傾向が生まれました。男尊女卑的な発言をして、看護師に対して「お前は俺の奴隷だろう。俺のおかげでお前たちは食っていけるのだぞ」と高言する患者も多く見られました。治療を提供するという以外の部分で、患者の要求が増えたために、医療従事者の意欲を低下させています。
健康保険制度は、憲法25条で保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に基づきますので、「最低限度であればよい」を前提としています。料理の世界でいえば、お腹がすいた人に最低限の食事の場を提供する、というつくりで大衆型の牛丼屋、ファストフードに相当します。一部の患者の要求は、安い牛丼屋に入っているのに、高級料亭に入っているときのサービスを要求しているのに相当します。そんな患者まで現れました(注:そんな患者のほとんどは、生活保護受給者です)。
ちょうど、カスタマーハラスメントが社会問題となり、客側の過剰要求が非難され、店側も毅然とした態度で応じることが可能となりました。次のステップでは、ペイシェントハラスメント対策を政府が主導して解決しなければいけません。医療改革の第一歩はここです。「過剰要求は健康保険外で」という落ちになるかもしれません。
②看護師の労働体制改革
平成以後、医師や看護師の労力は2倍、3倍になっています。看護師の仕事は体力的に50歳前後までが限界であることを前提にしなければいけません。体力の限界までの仕事を前提とする仕事といえば、プロスポーツ選手です。野球にしろサッカーにしろ、働ける期間が短いので、報酬年額が桁違いに多くなります。この考えを看護師の労働に適用しなければいけません。
1年目から10年目の看護師の収入を思い切って増やすのです。最初は、特定機能病院だけをその対象としてもかまいません。そのシステムが一部の公的性の強い病院で存在するというだけで、エリート看護師の概念が生まれ、看護師になろうとする者の意欲が高まります。大病院、特に全国で88施設ある特定機能病院においては、看護師が主要戦力になっています。この層の看護師が充実していれば、看護師皆が仕事を遂行しやすくなります。
10年目以降になると管理や教育系の仕事になり肉体的に楽になる代わりに、収入は減ります。商社は、最前線の隊長である課長の年収が多く、部長になると年収が減るという話を聞いたことがありますが、それと同じシステムです。
夜勤がハードな大病院では、看護師の負担が重く、早期に離職してしまいます。「あの患者さえいなければ離職しなかった」という看護師もいますが、やはり労力と収入があっていないことと、後に記載しますが、人材紹介会社の暗躍が原因です。このシステム改革で市中病院に転職する看護師が増えると思いますが、全医療機関的に看護師のレベルが高まります。このシステム改革で、看護師のモチベーション向上と離職率の低下を実現しなければいけません。
③高額医療費改革
高額医療というのは、科学技術の進歩を反映しています。この分野に抑制をかけるというのは大きな国家的損失です。また、高額医療の進歩は、人々にとっては自分の未来の命にかかる問題ですので、多くの人が望んでいます。
その高額医療を支える高額療養費の補助をカットしようとする考え方は、間違えています。むしろ高額療養を大いに推進して、人体に対する科学技術を飛躍させなければいけないのです。
問題は財源です。ここで、「最低限度」を満たせば十分なはずの国民皆保険下の社会保険方式の徴収金額をその療養費に充てようとする概念が間違えているのです。
高額医療の進歩を喜んでくれるのは、長生きしたい人たちと科学技術の進歩が自己の収入の増加に直結する人たちです。その両者を満たすのは、株や投資信託の配当などの不労所得を得る富裕層です。そこから、原資を徴収するのです。
今の日本は、株の配当だけで20兆円あります。それに対して分離課税20%を適用していますが、仮にこれに5%の高額医療協力金(もう少し広く科学技術振興協力金の名称でもよい)を付加すれば、それだけで1兆円の高額医療費に充当する原資が生まれます。不労所得者の立場では、不労所得のうち5%を「不労所得を増やすための投資」と自己の長生きのための投資に充てる、という感覚になります。国際バランスの問題はもちろんありますが、この財源を確保してほしいものです。高額医療の原資を別枠にすると、本来の社会保険方式の健康保険に資金的余裕が生まれます。医療改革の急所にしてほしいものです。
④患者の健康教育と初診料の一体改革
健康、人体、医療に関する患者側の知識不足が、診療現場に困難と医療費の高騰を招いています。
証券会社の窓口を訪れて、「株って何ですか?」と尋ねる人はいません。株の最小限のことを知ってから、証券会社を訪れます。しかし診療現場では、「株って何ですか?」と尋ねるのと同レベルの質問が多発しています。昭和の時代は、「すべてお任せします」の時代でしたが、平成以後は、医師の負担は異常に高まりました。
人は生涯にわたって必要な知識や技術は、義務教育で学んで身に付けています。読み書きや計算がその代表です。しかし、必要なのに身に付けていないのが、医療、健康、人体に関する最低限の知識です。
患者の知識が高まれば、身体不調に対して診察を受けるべきかどうかの事前判断も可能になり、初診回数が減ります。薬局のOTC薬もフルに活用され、それはそのまま医療費の削減につながります。また、知識が高まれば再診の頻度も減らせます。薬をもらうためだけに、毎月、診察を受けるなどの必要性がなくなります。
しかし、患者の知識向上をブロックしようとする勢力が医療社会内に存在します。「生兵法は怪我のもと」「ごちゃごちゃ考えていないですぐに受診しなさい」とアピールする勢力です。その勢力が、政治家や行政官に対してパワハラ的要求を行い、医療社会の進歩を妨げます。患者の知識レベルを高め、初診患者を減らし、初診料の健康保険点数を高めて、さらに患者負担率を2割から3割にしますという改革も検討の余地ありです。
⑤人材紹介会社の排除改革
ところで、医療社会内にそのガンが芽生えています。医療社会に芽生えたガンとは、人材紹介会社です。医師や看護師は、離職しても次の就業先に困りません。とはいえ、人間関係という複雑な問題が内在しています。つまり、「離職を煽れば乗せやすい業界」なのです。
その性質を利用して、人材紹介会社が、医師や看護師にぴたりと寄り添い転職を煽っています。特に、看護師に対する活動が著しいです。
「今、転職したら、支度金を差し上げますよ」「今の職場をやめたそうな看護師を紹介してくれたらいくら差し上げますよ」などのメールを頻繁に送ってきます。
政府が把握しているだけでも、大病院から人材紹介会社への出費は年間で900億円に迫っています。その大本の原資は、国民から集めた公的資金です。国民は知らず知らずのうちに、そのお金を支払わされているのです。
人材紹介会社には、医療社会から退場してもらわなければいけません。いなくなれば、不本意な出費にならない転職業態が生まれます。早期治療は急務です。ガンは早期発見、早期治療に限ります。
この改革により、医療社会を「本来あるべき姿」へと変貌させられますが、反対勢力のパワハラを乗り越えられるかどうかが大課題です。
